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2015年12月

2014/09/20 秋彼岸会法話と勤行の会を行いました

  9月20日秋彼岸会法話と勤行の会を行いました。今回は、仏師村上清さんに講話をお願いいたしました。過日、サントリー美術館にて、平等院鳳凰堂にある雲中 供養菩薩像の展覧会が開催されましたが、その時、模刻された菩薩像にさわって結縁するというコーナーがありました。そのお像を彫ったのが村上さんです。お 話しは、雲中供養菩薩像など今まで彫られた仏像の写真をプロジェクターで映しつつ、形象の説明や技法、また、その像を修復する経緯などお話しされました。 最後に、成就院ご本尊胎蔵界大日如来を御厨子から出し、皆様に拝んでいただきました。長老が入寺してから一度も御厨子から出していないそうなので、2639_r_2本当に100年ぶりかもしれません。村上さんから、室町時代に流行した如来の型であること、宝冠には五智如来が刻まれていること、目には玉眼がはめ込んであり内刳りがなされていること、中は漆で一度補修されており、銅のかすがいで補強されていることを教えていただきました。みなさん、カメラでパシャパシャと写真 を撮ってた姿が印象的です。お帰りになる前にもう一度本堂に上がり、お手合わせなさっている方がたくさんいらっしゃいました。もう二度と無いと思いますので、秋彼岸会に参加された方は、ご本尊と強く強く結縁が出来よかったですね。

2015/11/16~11/17 団参で「高野山と根来寺を巡る旅」に行って参りました

164_r   今年は高野山開創1200年に当たります。高野山では、春先から様々な行事が行われてきました。成就院でも記念すべきこの年に弘法大師がお開きに なった高野山を詣でたいと企画しました。また、合わせて、新義真言宗をお開きになった興教大師覚鍐上人が開創した根来寺を参詣しました。総勢24名。

東京駅(8:33)…新大阪駅(11:26)…昼食・新大阪ワシントンプラザホテル…(12:20)…富田林寺内町散策(13:40)(14:40)…高野山・大圓院(17:15)〈泊〉
  天気は快晴。青空にそびえる富士山を横目に一路新大阪へ。話をしながらの車中はあっというまの2時間半でした。ホテルの24階で大阪の街を見下ろしながらの昼食。ホテル前よりバスに乗り富田林へ。
 富田林は戦国時代に寺内町として発展しました。今は江戸時代に作られた街並みが保存されさながら映画のセットのようです。白壁の家のここそこに凝られた趣向を探しながら一時間街中をプラプラ歩きました。
 観心寺はカットし高野山に向かいます。途中立ち寄った道の駅からながめた広々とした紀ノ川が美しく記憶に残りました。
 高野山上の大圓院さんはとても立派なお寺でした。住職用に準備してくれた特別室は、くじ引きの結果、髙木さんご夫妻に。金箔の床の間に感激されていました。みなさんで見学に行きました。

起床(5:00)…本堂にて勤行(5:50)(7:10)…朝食(7:15)(7:45)…高野山参拝[奥の院・壇上伽藍]ガイドの説明をいただきした (11:00)…昼食(11:30)(12:00)…根来寺(13:15)(15:00)…新大阪駅(16:40)(17:13)…東京

  早朝より本堂にて勤行。最後にご本尊阿弥陀仏を間近に拝することができました。
予定通り、ガイドさんの引率で奥の院参拝。いろいろな企業の供養墓があるのですね。大名の墓も圧巻でした。奥の院の前でお勤めをして中の橋駐車場に戻ってくると、もう一時間半過ぎです。
壇上伽藍を拝し、11時。ボリュームたっぷりの昼食を頂き、根来寺へ。

  あいにくの雨でしたが、牧宥恵先生の爆笑法話でみなさん満足。その後アトリエで絵を見せていただきました。みなさん牧さんのトークに感激し、握手を求めていました。根来寺の大伝法堂、大塔、大師堂みなすばらしかったです。

2015/11/07 ベトナム僧侶 グエンさんとご信者さんらとベトナム料理を作ってみました

Img_1899_r_3 グエンさんは、長老の教え子で、17年前成就院を同級生達と訪れ春巻きを作る会を行ってくれました。月日は過ぎ、ずっとお会いしていませんでしたが、グエン さんと信者さんが、「ひとさじの会」に、ホームレスのおじさん達に春巻きをお配りしたいと参加。突然、目の前に現れびっくりしました。仏縁ですね。

今回は、グエンさんご一行様が成就院を訪Img_1895_r_2れ、料理をしてみんなでいただくという会です。総勢20名。前日から入念に仕込みをしていただいたようです。ベトナムのお寺でこうしたことはよくあるとのこと。お寺が日常生活の一部となっていようです。素晴らしいです ね。
お料理はすべて精進。揚げ春巻き、生春巻き、フォー、コーヒーゼリー、ベトナム風ぜんざいなど。作り方は長くなるので省略します。「まーくん」の精進料理コーナーに登場するかも。みなさんてきぱきと片付けもしてくれました。今度は「ひとさじ」で再会です。

2014年12月号及び2015年9月号「月刊住職」誌上に、「祈りの道」再興プロジェクトの活動及び称観堂が取り上げられました

Img_1901_r 「月刊住職」が週刊誌に取り上げられました。ネット上でも「秘仏でなくともできるご開帳の成功法」とか、「覚醒剤所持で刑に問われた住職に対する宗派と檀家の衝撃」など、鋭く「いま」に切り込む姿勢にたいし、「攻めすぎ」との賛辞が送られているそうです。

 2014年12月号では、「津々浦々お寺は今…」の中で「気仙三十三観音霊場と三陸遍路みち60ヶ寺」の 中で活動の紹介を3ペイジに渡って取り上げていただきました。2015年9月号では、「お墓はこれからどうなるのか」「新しいお墓を実践する寺院に学ぶ」 の中で称観堂が4ペイジも取り上げられました。

記者の方が、何時間もお話しを聞いてくれ、きちんとこちらの意図を汲んで記事にしてくれました。

2015/10/28 「中外日報」に「祈りの道 気仙三十三観音再興プロジェクト」が取り上げられました

Img_1879_r 宗派を超えた僧侶らでつくる「祈りの道」再興プロジェクトは、11、12日、岩手県大船渡で講演会と気仙三十三観音霊場の一日徒歩巡礼を行った。地元の住民ら15人が参加し、気仙地域における宗教文化を肌で感じた。

 参加者は公民館で福田亮雄・真言宗智山派成就院住職の法話を聞き、延命十句観音経ほ写経した後、19番か ら22番札所の間、6キロを歩いた。舘下観音堂でお茶の接待を受け、長谷寺観音堂では平安時代末期の作と言われる木造の十一面観音像(県指定文化財)を拝 観。「近くに住んでいるが初めて観音様を拝んだ」という人もいた。

 翌12日、同市のカメリアホールで仏師の村上清さんが、約10年かけて模刻制作した京都宇治市・平等院の国宝雲中供養菩薩像について技法などを解説した。

 気仙三十三観音霊場は1718年に地域住民によって選定されたが、近年は巡礼する人がほとんど見られなく なった。陸前高田市観光物産協会などで再興の機運が高まっていたが。2011年の東日本大震災で活動できなくなった。その後、被災者や遺族が犠牲者を供養 し、手を合わせる場所をつくろうと、12年に福田住職や吉水岳彦・浄土宗光照院副住職ら東京でホームレス支援をしている「ひとさじの会」が中心となり、 「祈りの道」再興プロジェクトを立ち上げ、巡礼の復活を目指している。今回で講演会は4回目、秋の徒歩巡礼は3回目。

 福田住職は「巡礼者はもちろん、私たちも様々な人と出会い、楽しませてもらっている。
長く続けていければ。県外の人にもお参りいただけるように全札所でご開帳をし、御朱印が授与できるようにしたい」と語っている。(甲田貴之)

2015/10/10~10/12 「第4回 気仙三十三観音への招待 講演会」及び「第3回一日徒歩巡礼 盛の四霊場を歩く」を行いました

Img_1784_r 今年の10月、気仙はイベントが目白押しである。ツール・ド・三陸、高田町合同式年例大祭、黒崎神社式年例大祭、太鼓フェスティバル、産業祭り、大漁祭 り、サンマ祭り、大船渡復興東北三大祭り、三陸国際芸術祭などなど、その他、町会の運動会や町内会の旅行…。確かに屋外で何かをする最適の季節であるし、 11月となるとぐっと寒くなってくるので、このタイミングなのだろう。しかし、「いくらなんでも、お祭りが多すぎる」と多くの方がおっしゃっていた。かく いう我々の行事もそのうちの一つなのだが…。これは、イベントを行うための施設が整い、かつ、気仙の方々の心に力が湧き起こってきたことを表しているので もあろう。
   秋の行事は、大船渡カメリアホールにて講演会を大船渡の盛周辺の4つの霊場を巡る一日徒歩巡礼を行った。それぞれ50名、15名の参加があった。
講演会では、まず、気仙三十三観音霊場に関わるニュース、①気仙三観音に数えられる、観音寺、常膳寺の観音像が県指定文化財に指定されたこと、②稲子沢観 音の観音堂が新たに落成されたこと、③立山観音堂が来年再建されることをお伝えした後、密厳流遍照講長圓寺支部のみなさImg_1870_rん23人のご詠歌奉詠、最後に仏師 村上清さんによる「祈りをかたちに―仏さまを造る―」という題の講演を頂いた。
一日徒歩巡礼は、猪川地区公民館にて法話と写経の後、舘下観音堂、稲子沢観音堂、長谷寺、洞雲寺と約6キロを4時間かけて歩いた。参加人数が少なかったことにより、多くの方と親しくお話しが出来たと思う。 

2015/09/20 秋彼岸会を勤修いたしました

24_r   今年の秋彼岸会は、朝日新聞記者磯村健太郎さんに講師をお願いいたしました。120名の参加をいただきました。

 冒頭でラベルに記される原料の記載順を間違えた為に廃棄されてしまった缶詰や、不良品が発見さ13_rれたために 大量に廃棄されてし まった食品などを手にとって見せつつ、「もったいない」ものを、必要とされている施設や個人にお渡しし「ありがとう」と役立つものへと 橋渡しをする、セカンド・ハーベスト・ジャパンの活動を紹介されました。そして、お寺もお供え物を役立てるなどの役割を果たせるのではないかと御提言をさ れました。最後に宮沢賢治「雨ニモマ ケズ」を引き、「イッテ」という言葉の重要性、主体的につかみ取ることの大切さをお教えいただきました。サクサクとわ かりやすいお話しでした。
  今秋は、吉祥天を間近にお参りいただきました。美しいお姿ですね。
その後は懇親会、短い時間ではありますが、本堂や書院に分かれにぎやかに過ごされました。成就院の檀家さん同士、良い縁が紡がれれば嬉しいです。

2015/09/02 「中外日報」に「やすらぎ修行会」が取り上げられました

Img_1878_r_2   東日本大震災から二ヶ月が経った2011年5月に始めた「やすらぎ修行会」も50回を数えました。このたび、「中外日報」に取り上げていただきました。ありがたいことです。以下記事本文。

  真言宗智山派成就院(東京都台東区)の福田亮雄住職(47)は、東日本大震災を機に近所の住民や檀家に本堂を夜に開放し、真言を唱える「やすらぎ修行会」 を始めた。8月で52回を数えた。「日本が壊滅するような危機で、心に不安を抱える人が多かった。お寺としてできることは何かと考えた」と振り返る。

  長年、高校教諭を務めたが本格的に僧侶の道を歩むため、2010年3月で退職。福田亮成長老(大正大名誉教授)から住職を正式に継いだのは、震災の5日前だった。

 修行会と銘打ったが、誰でも参加できる肩肘の張らないものだという。弘法大師の縁日である毎月21日の午後6時半にスタート。福田住職の法話に続き、暗がりの本堂に灯明をともし、木魚の音に合わせて30分間、光明真言を唱える。

 光明真言は、真言宗で非常に大切にされる大日如来の真言で、誦持することで様々な功徳があるとされる。古くから何遍も唱える風習があり、江戸時代の供養塔 には「光明真言百万遍」と記されているものもある。ただ、現在は浄土宗で念仏を繰り返し称える念仏会などが知られているが、真言を唱える行はあまり行われ ていない。ボランティア活動などで他宗派と交流が多い福田住職は、この念仏会や他宗での行事を参考に修行会を始めた。

 読誦後はみんなでおかゆを食す。これは「足るを知る」ためだ。震災後、多くの人が不自由な生活を経験し、助け合うことの大切さが強調された。おかゆを食べることで当時の苦労を偲び、今の生活を見つめ直すきっかけにしてほしいとの思いがある。

  福田住職は「夜の本堂というのは、あまり開けているお寺はないので、皆さんも新鮮に感じてくれているようだ。今もなお不自由な生活をされている方や震災で亡くなった方に思いをはせ、祈りを捧げる場となれば」と今後も続けていきたいと話す。

  初回から参加する檀家の染谷明子さんは「いつもは出せない大きな声を出すと、気持ちもすっきりする。皆さんと交流できるのも楽しい。震災から4年がたったと考えると早いものだと感じる。これからも参加していきたい」と語った。(赤坂史人)

2015/08/25~08/27 三日間、御徒町台東中学校の生徒3人が職場体験に訪れました

Img_1716_r   今年も、御徒町台東中学校の生徒が職場体験に成就院を訪れました。今年の3人はおとなしい子たちぱかりで、3日目にして慣れて色々話がはずむようになったと思うともうお別れ。また、年末に楽しく掃除をしたいでものです。

 初日は、私が25年ほど参加している勉強会が行われたため、午前中はカレー作り。タマネギを涙しながらた くさん炒めうま味とコクのあるおいしいカレーができあがりました。みなさん大喜びでした。午後からは、弘法大師堂の掃除、庭の草むしりと掃き掃除。例年暑 さで外掃除はではないのですが、今年は涼しいためバッチリできました。

 2日目は、本堂の位牌所と仏様がの須弥壇の掃除、午後から、本堂掃除。お昼はごまだれそうめん。3日目 は、ガラスふき、仏具のお磨き、書院の掃除、最後に「般若心経」の写経をし、勤行式をお唱えして、願い事が叶うようお祈りしました。この日のお昼は、野菜 炒めを作って固焼きそば。 最後にミニストップのマンゴーパフェを食べて終了。

 全日、丁寧に掃除をしてくれました。ありがたかったです。またよろしく~。

2015/08/15~08/16 児童養護施設の子供たちをつなぐ場である「日向ぼっこ」主催「ことなの語り場」に参加してきました

 Img_1718_r   「日向ぼっこ」は児童養護施設に生活する子供たちを支援する団体です。子供たちの居場所を作ることやひとりだちに向けての相談、講演会や座談会などの活動を行っています。 以前、事務所の引っ越しをお手伝いしたことから、ご縁が結ばれました。

  この度は、子供たちの交流及び自立に向けての意見交換の場である「ことなの語り場」に初めて参加しました。「ことな」とは、「こども」でありながら、一足早く「おとな」にならざるを得ない施設のこどもたちを表した造語です。

 15日は、日向ぼっこに集合。自己紹介の後、2班に分かれ買い出し。予算の中で交通費などを考慮しなが ら、いくら食事に使えるのかを考えるのもひとつの勉強だとか。荷物を持って舎人公園でバーベキュー。すごく暑い日でした。肉のかたまりをこんなに食べるの は何年ぶりでしょうか。皆すっかりうちとけて楽しく過ごしました。事務所に帰ってから「語り場」が始まります。1時間半ほど語って解散。
 16日は、新宿の東京ガスショールームで高齢者疑似体験をしました。サポーターを足首や膝ぐるぐる巻きにして固定し、耳栓、サングラスで耳や目の働きも制限します。階段を上り下りすると、躓きそうになりますし、浴槽に入るときも足をあげるのが大変でした。帰って語り場。

 語り場から。3歳から施設に入った人、高校から入った人様々です。ただし、みな虐待を受けたり、育児放棄 をされたりと複雑な事情がありました。施設の仲間とは、その原因についてお互いに聞いてはいけないような雰囲気があるそうです。聞いたことも話したことも ないそうです。皆が話しだすのを聞き、こんなに話してもいいのかとちよっととまどったといっていました。これ以上もう傷つきたくないと固まってしまった心 持ちが、安心・信頼の念をいだいて、少し緩んだのでしょうか。もしそうなら嬉しいですね。
 また、施設をでても一人暮らしはいやだという声が複数あがりました。3歳から施設で育ち、いつも学校から帰るとだれかがいるという毎日。施設を出ることは、世間に放り出されてしまう感じなのでしょうか。自立へのハードルは高く且つ幾重にも重なっていることを知りました。

 ただお話しを聞いていただけでしたが、むき出しの言葉が重く胸の底に沈んでいきました。その晩、「ことな」たちの提出する書類を一生懸命手伝っている夢を見ました。

2015/08/08 池袋てのはし追悼法要、並びに山谷夏祭り追悼法要に出仕いたしました

毎年、路上で亡くなられた方の追悼法要と夏祭りをこの時期に行います。今年も、池袋と山谷の法要に参加いたしました。
法要は様々な宗派の僧侶が出仕しています。「般若心経」の頭は曹洞宗の方、その後「光明真言」の頭は真言宗 の私、「南無阿弥陀仏」は浄土宗、「南無妙法蓮華経」は日蓮宗とひととおり皆でお唱えしました。路上で亡くなった方が何宗かも分かりませんし、ご参列され ている方も様々でしょう。
 このようなやり方は、かなり「先進的」だと思います。みなさん声を出してお唱えいただきました。ありがたいことです。
 山谷ではその後、夏祭り。空き缶の買い取りがあり、麻婆なす丼と濃いウーロン杯が提供されます。
屋台は50円で、鳥肉のカレー炒め、焼きそば、なす焼き、だし巻き卵、お好み焼き、ポークたまごなど。ちなみにひとさじの会は、おとなのかき氷でした。最後に盆踊りで盛り上がりました。山谷の玉三郎さんが粋な浴衣でかっこよく踊っておりました。
私は、呑んで食べてしっかり夏祭りをたのしんできました。

成就院おすそ分け運動をおこないました

今年も、成就院おすそ分け運動を実施しました。施餓鬼会のご案内に封筒を同封し、お米をお持ちいただ きました。お米が70キロとお金が33,000円集まりました。その中から、お米45キロと13,000円を日本初のフードバンクである「セカンド・ハー ベスト・ジャパン」に、お米25キロと10,000円をホームレス支援団体「山友会」に、10,000円を児童養護施設の子供達を支援している「日向ぼっ こ」に寄付を致しました。ご協力いただいた檀家の皆さんありがとうございました。

2015/07/17 施餓鬼会を行いました

Img_1687_r   今年も例年通り7月17日に施餓鬼会をおこないました。台風の影響で雨が降ったり止んだり。不順な天候にもかかわらず、110名の参加をいただきました。
  法話は、前曹洞宗大本山総持寺参禅講師で、坐禅会を主宰、また、『運を活きる』『坐禅に学ぶ』(さくら舎)を出版と大活躍されている大童法慧老師にお願いしました。
  テーマは供養するとはどういうことかというもの。明瞭な語り口、明快な構成、いままでのご経験が凝縮された深いお話しでした。 その後、組寺僧侶による読経がありました。

やすらぎ修行会が50回を数えました

Dsc_5525_r   思 い起こせば、2011年3月6日に本山より住職に任ぜられる書類が届きました。「これで…」と思っていたところ、5日後に東日本大震災が起こりました。も う命が絶えるかもしれないと思い詰めましたが、なんとか生きながらえることが出来そうになりました。こんなときお寺が何かをしなければと思ったものの、何 をすべきかもよくわかりません。

  津波や地震で多くの方々亡くなってしまった「いま」、諸精霊に祈りを捧げる場を設けるのがよいのではない か。参加される方々が集える場があればよいのではないか。そんな思いから毎月21日に「やすらぎ修行会」を行ってきました。6時半開始。法話5分、光明真 言を30分、その後おかゆを食べ歓談し、7時半には解散です。

  毎回10名前後の方が参加されます。檀家の方だけでなく、ご近所の方、親戚、友人などなど、多くの方の心を頂いて50回を迎えることが出来ました。ありがとうございます。今回は50回記念で、おかゆでなく「精進カレー」と「ビワのシロップ煮」をお出ししました。

 よろしかったら「やすらぎ修行会」プチ法話バックナンバーもご覧下さい。

ネパールの写真が現地より送られてきました。またやすらぎ修行会の参加費50,000円をネパールの病院に寄付いたしました

   二 年前でしょうか。近所に住む娘さんの家に滞在していたネパール人のカルマさんが、滞在していた二月の間ほImg_1637_r_2 ぼ毎日成就院を訪れました。ネパールでは、お寺に お参りするのが日課だということでした。日本語が話せないカルマさんと片言の英語でコミュニケーションを図っていました(女房が)。 カルマさんは、ロータ リークラブに所属し、病院の理事や大学の教員など重責を担っているということが分か りました。

  ネパールの大地震が起き、その数日後、メールにて現地の写真が送られてきました。日本の皆さんに現状を知っていただきたいとのことでした。成就院ではささやかながらImg_1638_r_2 門前の掲示板に写真を掲示し支援を呼びかけております。 

  また、やすらぎ修行会の参加費をプールしているお金の中から50,000円をカルマさんが理事を務める病院に寄付いたしました。ご参加頂いたみなさまにご報告旁 々お礼申し上げます。

   ただし、海外送金とは手数料がかかるのですね。なんと8000円も手数料がかかりました。不正送金が問題なのは分かりますが、なんとかならないものでしょうか。

気仙三十三観音霊場第二十七番札所常膳寺の霊木姥杉の枝が届きました

Img_1597_r    左の写真が樹齢1000年を越えるという天然記念物「姥杉」です。この度、台風の影響で枝が折れ参拝者に怪我をさせるかもしれないということで折れた枝を払いました。枝といっても300年も生きてきたような太い物です。
  ご住職より称観堂は気仙の霊場とかかわるものなので、いかがですか、と打診を受けありがたく頂戴いたしま した。すると、右写真にある大木がドンと届きました。Img_1625_r 霊木をどういかすのか。半年は乾燥さばならないそうです。額にするのか聯にするのか、楽しい悩みがひ とつできました。

2015/04/08~04/09 「成就院花まつり」を行いました

Img_1624_r   4月8日の花まつりはあいにくの雨。表に花御堂をですこともできず、玄関のなかに据えました。知り合いが何組か子供連れで寺を訪れてくれ、子供たちとともに楽しく一日過ごしました。
  せっかく準備したのにもったいないと、翌日、いつものように門前に花御堂を据え、机をだして古本市を行い ました。お声掛けをすると甘茶を飲んで歓談される方、庭をご覧になる方、本を何冊もお持ちになる方などほんとうにささやかですが、普段お話しする機会のな い方と交流することが出来ました。
のべで50名ほどでしょうか。
  残念なのは子供さんが少ないこと、また通りかかってもお菓子は知らない人にもらってはいけないので…とい う子、まったく見ないように通りすぎる子が多いことです。子供をめぐる事件が報道されますので致し方ないのかも知れませんが、寂しいですね。次年度はもっ とにぎにぎしく出来るよう工夫したいと思います。

2015/03/25~30 第2回「高校生・大学生〈祈りの道〉を歩く―気仙三十三観音霊場徒歩巡礼―」を実施いたしました

   昨年の徒歩巡礼は、ずっと天候が不順であり、雨に打たれ、みぞれに叩かれ、風に吹かれ辛い思いをしたのだが、うって変わって今年は、6日間とも晴れつづけたうえ暖かな毎日だった。身も心も楽に歩くことができ、距離が縮んだかのような思いがした。   

  今年は地元の方の参加がぐっと増えた上、行く先々で御接待を受けた。お菓子、お茶などなど。これは歩いてお参りできないけれど、代わりに詣でて欲しいという思いからなのではないか、と思った。巡礼のさまざまなご縁がつながっていくことを嬉しく思う。

  同行の方とは、楽しくおしゃべりをしながら歩いているのだが、ある方は亡くなったご主人の写真をお持ちに なって歩かれたし、またある方は、津波で亡くなった3名の同級生を思ってお参りしたとブログに記された。みなさんとお参りができて少しホットしたという方 もいた。巡礼という器にそれぞれの思いを注ぎ込み、幾分かでも心が浄化される。巡礼という機会があるということ、それが大切なのだと思う。
 来年は、各日日帰り参加を原則とし広く参加者を募っていきたい。

24日 上野駅(11:42)……一ノ関駅(14:14)(14:57)……気仙沼駅(16:17)(16:27)……BRT長部駅(16:47)……大舟旅館(16:47)

  昨年は3.11からのスタート。ちょうど大寒波が到来し、気仙沼に向かう車窓からは雪吹き乱れる冬景色が 見られた。下り立った気仙沼はシンシンと寒く、BRTを待つ間、足底から寒さがじわじわと伝わってきた。明日からもずっと寒いのだろろうかと心配した。   今年は、学生さんも参加しやすいよう春休み期間に実施することにした。結果、後ろに2週間ずれたため、気候も安定し気温も上がり、おだやかな晴天の中歩 くことが出来た。
  Img_1415_r 気仙沼駅では、駅前のバス停でBRTへの乗り換えをしていたが、ホームに直接BRTの車両が停まれるよう改善されていたし、鹿折唐桑駅までは軌道跡が専用 道として走れるよう整備されていた。また、天窓や窓向き座席が設置されることによって、広く景色が望めるような観光車両となっていた。少しずつだが前進し ているのが見て取れうれしい。

  長部駅に下車すると大舟旅館のおかあさんが車で迎えに来ていてくれた。昨年に引き続いての宿泊である。早速広いお風呂に入りのんびり。美味しい食事とともに「奇跡の一本松」ラベルの「酔仙」を飲み「気仙にきたなぁ」と実感する。

25日 大舟旅館(7:30)…BRT長部駅…(7:55)…陸前高田市役所(8:05) 〈8:17〉…0.8km…大石観音堂〈8:35〉〈8:49〉…5.5km…要害観音堂〈10:18〉〈10:25〉…0:5km…古谷観音堂 〈10:45〉〈10:55〉…3.5km…上長部観音堂〈11:50〉〈12:15〉…2.5km…金剛寺〈13:25〉〈13:50〉…0.8km… 泉増寺〈14:07〉〈14:17〉…馬頭観音堂〈15:10〉〈15:20〉…1.4km…観音寺〈15:50〉〈16:05〉…民宿343矢作 〈16:10〉
   大 舟旅館のご主人は、以前は陸前高田市役所の近くに旅館と銭湯を営んImg_1421_r でいたそうだ。震災の2年半後こちらに越してきて旅館を再開したと聞いた。津波が来たら ともかく遠くへ逃げろと親から教えられていたため家族が助かったそうだ。生きていることそのものを負い目として背負っている人が多いのだという言葉が心の 底に重く沈み込む。
  「去年のこのくらいの時期に5人くらいで泊まってくれましたか」、我々を覚えていてくれ、「東海新報」に掲載された昨年の徒歩巡礼の記録のスクラップを見せてくれた。わざわざ切り抜いて取っておいていただいた。「うれしい」の一言である。

 長部駅まで歩く。待っていると新川さんが突然車で現れ高田駅へ連れて行ってくれる。ありがたい。新川さ ん、昨年は全行程徒歩で参加してくれたが、今年は我々への御接待に徹し車での巡礼となる。去年時間が押して宿の到着が暗くなってしまったことを慮っての配 慮である。大変心強い。予定より早く陸前高田駅着〈8:00〉。

 市役所前にはコンビニ、コミュニティーホール、防災センター、陸前高田駅が完成している。木が生い茂って いた山を切り崩し広大な平場を造成し、市の拠点を創り出した。以前の風景を知っている者には驚きだ。金剛寺ご住職、奥様、昨年全行程を歩いた敬正くん、妹 の真子さん、新川さん、東海新報の記事を読んで参加してくれた大和田さんが集まっていた。大和田さんは、股関節の調子が悪いとのことで車での巡礼となる。
青空が広がり寒くもなく絶好の巡礼日和である。コンビニで各自昼食を購入し出発。この日徒歩は、金剛寺さん の兄妹、吉水さん、私の4人、車は新川さんと大和田さんの2人、この日は計6人での巡礼となる。金剛寺ご住職から「ざしきおやじ」が描かれたTシャツを頂 く。 新川さんの法螺貝の音で出発〈8:17〉。切り通しが両側とも造成中、右手にあった杉林はもはやない。ここも風景が一変してしまった。
  Img_1427_r 坂 を下りすぐに大石観音堂〈8:35〉。縁先に観音様が安置されているのだが、別当の矢作さんがカラス戸を開けて待っていてくれる。ご宝前にて初めてのお参 り。大和田さん「この下の道は何度も何度も通っていたけれど、ここが霊場だとは…」、こういう発見も巡礼の楽しさのひとつだ。

   高田の街はかさ上げの真っ最中。以前よりぐっと盛り土が高くなった。15mはあるのだろうか。あまりの高さ に驚く。きっと希望の架け橋は大きな役割を果たしているのだろう。坂の上から俯瞰するが、土が積まれている広大な土地から、近い将来形成されるという市街 地のイメージが湧かない。どのような街が作られ、どのように人が集まり、どのような生活が営まれるのだろうか。
  ダンプが多く行き交うがこれでも以前の何分の一かに減ったという。架け橋効果の一つである。希望の架け橋を左手に見て気仙川の仮橋を渡る。脇を見ると橋桁が完成している。道しるべとして張った観音様シールを見つけると嬉しい。すべてが残っているようだ。

  廃墟となった気仙中の脇を通る。来る度に窓枠等が無くなり建物がむき出しになっているように思う。真子さ んは、大震災当時気仙中の3年生。すぐに高台に逃げ、さらにその後二度逃げをしたので助かったという話を聞く。金剛寺が被災したため、お母さんが車を出す ことも出来ず、最後の数名となるまで長部小に居残り心細い思いをしたそうだ。

  国道より坂を下り長部の港に入っていく。ガタガタだった港の護岸もがっちりコンクリートで固められた。ま だまだ工事つづく模様。長部川から坂を上り長部小の脇を通り、要害観音堂跡にて法楽〈10:18〉〈10:25〉。初めて来る人もいるので、津波は海から 二手に分かれお堂の辺りで合流し集落を呑み込んでいたこと、一月後別当の熊谷さんがお堂跡をほったところご本尊とお前立ちの観音様が発見されたことをお話 しする。

  少し歩いて古谷観音堂〈10:45〉〈10:55〉。一人でもし来たとしてご自宅の門を入っていくのは気 がひけると大和田さんの談。お堂に入って御法楽。いつも綺麗に掃除されており気持ちよくお参りできる。車巡礼隊は先回りしては、飴ちゃんの御接待や法螺貝 のご接待で励ましてくれる。
   次は上長部観音堂。ポカポカ暖かく快調に歩を進める。長部港に戻り長部川沿いを歩く。高速道路の橋桁がだいぶできてきた。左手の山は造成され高台に瀟洒な建物が幾棟も建っている。
  上長部公民館前の慰霊碑の前で心経一巻を捧げトイレ休憩。観音堂の手前で新川さんのお茶のご接待。車からコ ンロを出しお湯を沸かしあつあつのお茶を頂く。上長部観音堂で昼食とするのでありがたい〈11:50〉。赤い鳥居をくぐり、坂をひと登りし堂内で法楽。各 自昼食を取る〈12:15〉。    

  上長部仮設の脇を通り、林道の分岐を右手に入り送電線巡視路を登る。昨年のしるべがありまた嬉しくなる。杉林の中を緩やかに登ると尾根上を通る林道に出る。すぐ向こう側に下るのだが、来年は尾根を左手に進み金剛寺の裏手から境内に入る踏み跡をたどりたい。
  真子さんに次年度までの調査を依頼する。宿題だ。昨年は道が凍っており転倒した者もいたのだが、今年は雪も なくどんどん下れる。人家のある所まで下ると、真子さんは敬正くんに「ここどこ、わからない」と聞いている。金剛寺から5分程度なのだが、山から下ってき たうえ、回りの家も目印も無くなってしまったのでよく分からなかったようだ。「この道が小学校のマラソンコースだったじゃないか」と言われ現在位置をよう やく確認できた。

   金剛寺の近くに行くと、大音量でご詠歌が流れている。行事の時に流すそうだ。住職ご夫妻の粋なはからいであ る。金剛寺も前の山を崩し本堂を作る高台造成がぐっと進んだ。入口にある完成予想図を見て将来の山容を想像する。高台にあった仮設も解体され石仏も移設さ れた。お話しによると開発許可がおりこれから道路の造成をし、本堂は3年後を目途に建立する計画だそうだ。不動堂で御法楽後、甘酒とお菓子を頂く 〈13:25〉〈13:50〉。甘酒に「雪っこ」を入れるとうまいそうだが、階段を転がり落ちると困るので丁寧にご遠慮申し上げる。春の行事として「高校 生・大学生〈祈りの道〉を歩く」と掲げているものの、昨年そして今年と金剛寺さんご兄妹の参加があって本来の趣旨にのっとり事業が行える。Img_1454_r
  15分もしないで泉増寺に到着〈14:07〉。ご本尊が入っているお厨子の鍵が津波で流されてしまったため、開けることが出来ないとのこと。もし拝することができるときには是非立ち会わせていただきたい。本堂 前で御法楽〈14:17〉。昨年半鐘が高尾山より寄付されたが、改めて見ると半鐘には「被災者現世安穏後生徳楽」とともに「気仙三十三観音霊場興隆」の文 字が記されていた。これまたありがたい。

   ここから峠を越えて矢作に向かうのだが、山中では高速道路の建設とともに高台住宅地造成が大々的に行われ、 以前の薄暗い杉林が切り開かれ土がむき出しになり明るくなってしまった。不思議なかんじだ。峠の下りでは舗装道路にするための側溝が完成しており来年は きっとアスファルト舗装になっているのだろう。

   まだ時間が早いので、馬頭観音堂にお参り。川沿いの道を進む。〈15:10〉〈15:20〉。お堂の壁板が 壊れているので堂内を初めて見ることができた。観音寺もこの日のうちにお参りする。〈15:50〉〈16:05〉。ご住職に燈明をつけていただく。住職 は、新川さんの法螺貝を手に取るとボーと音をだしたが、さすが長年の経験、厚みのある音が轟いた。この日はこれにて終了。昨年は鈴木旅館に泊まったが、今 年は観音寺脇にオープンした民宿343矢作に宿泊〈16:10〉。ビジネスホテルのように個室であり快適だ。
時間があるので、吉水さんと2人で村上製材所にうかがう。

   昨年の10月、奈良県当麻寺中の坊・松村院主の肝いりで、高田松原の被災松を材とし、延べ5000人以上の 方が一人一彫りのノミ入れを行って完成した「あゆみ観音」が、立山観音堂に納められることとなった。その橋渡しを我々が担わせていただいた。その過程で村 上社長にもお世話になったのでお礼旁々ご挨拶にうかがったのだ。久しぶりにお会いすると、さっき車の中から坊さんが歩いているのを見て似ているなと思った ら、やっぱりあなたたちだった、とお話しになった。ちょうどこの日の午前中、立山観音堂の再建について、関西の設計士の方と連絡を取り、年内に完成できる よう話を進めていくつもりであるとのことであった。社長さんから、別当である大和田さんのおばあさんは「多くの方々の心が寄せてくれたあゆみ観音のお堂を 建てなければ死んでも死にきれない」とおっしゃっていることを伺った。微力ながら当プロジェクトでも建設資金を集める手だてを講じたい。社長もあなたたち に連絡しなければと思っていたがこうして会えるのもご縁ですねと喜んでくれた。まさに観音様のお導きというしかない。気仙に来ると何度も繰り返し繰り返し 「ありがたい」という言葉を述べてしまう。

   7時にロビーに集合。この日は観音寺さんで夕食のご接待がある。私が昨秋、岩手教区に講師として招かれたと き担当者としてお世話いただいたのが、観音寺のご子息長根先生である。お部屋に入ると、机いっぱいのご馳走が並べられ、ご住職、長根先生、奥様と楽しくお 話をしながら美味しくいただく。お寿司、肉じゃが、唐揚げ等々…。調子に乗っていろいろまじめな話もしたようだが…、あまり明らかでない。ちょっと飲む ピッチが早かったという説もあり。ありがとうございました。

26日
民宿343矢作〈8:00〉…延命寺〈8:40〉〈9:00〉…正覚寺〈9:35〉〈9:45〉…羽縄観音 堂〈9:55〉〈10:05〉…川の駅よこた〈12:15〉〈13:10〉…常光寺〈13:20〉〈13:50〉…平栗福寿庵〈14:50〉 〈15:00〉…7.0km…住田町役場〈17:00〉…農家民宿 一期舎〈17:40〉 

   朝6時、観音寺のゴーン、ゴーンという鐘の音で起床。7時に朝食。おかずが多いせいもありもりもり二杯食べてしまう。天気は快晴、今日も楽に歩けそうだ。
8時出発。民宿前に新川さん、大和田さん、金剛寺の奥様がもういらっしゃる。敬正くんとはここでお別れ。来 年の再会を約す。この日は竹野さんが合流。徒歩巡礼に参加しようと決めてから、毎朝1時間ほどの散歩を欠かさず行ってきたそうだ。ミキ店長の談によると、 毎日階段の上り下りも何度も行い、最初はその音に驚いたという。歩けるか心配だとはいいながら気合いがみなぎっている。
   国道を竹駒へ。橋の近くにセメント会社の工場があるためダンプの往来が激しい。道を渡るときは左右をしっか り確認する。歩道が道の右側に付いているところと左側に付いているところがある。横断歩道がないのでどうしても道路を横切らざるを得ない。国道を一列に 黙々と歩く。左に折れ竹駒小近くの延命寺に〈8:40〉〈9:00〉。
Dscf0019_r本堂に上がり左の部屋にご安置されている観音様をお参り。徒歩巡礼のチラシを本堂に張っていただいている。背後に巡らした釈迦涅槃図の絵、その前にお立ちに なっている観音さま。以前は氷上山中のお堂にご安置されていたと聞いた。精巧かつ威厳のあるお姿である。大和田さんも竹野さんも初めて訪れたそうだ。確か に菩提寺以外のお寺に上がるというのは親戚のご法事以外まずは無い。

   いったん国道に戻り、一本先の道を左に折れ、正覚寺〈9:35〉〈9:45〉。浄土寺さんが兼務され今はこ ちらにお住まいである。ちょうどお会いしお話しをする。観音様は台座から外されているので、正面のご本尊に向かい合い法楽。右手には浄土寺の納堂にご安置 されていた幾体もの観音様がある。それぞれ手に魚、柳などなど持っている物が違う。

   国道を進み羽縄観音堂へ〈9:55〉〈10:05〉。珍しく鍵がかかっていた。ちょうどお堂の近くで地鎮祭 の準備中。お堂の裏手に初めて登ったが、祠があり、石仏や碑が立っている。ここは地域でも特別な場所なのであろう。国道を引きかえすが、行きより帰りの方 がグッと短く感じられるのはどうしてなのだろう。
   竹駒駅近くの震災慰霊碑で法楽を捧げる。慰霊碑を建てたおばあさんから、津波に襲われつつも九死に一生を得 たということや、背後ががけになっているため大勢のご遺体が寄せられたことなどをお聞きした。命ある限り近所の皆さんとお茶を飲んだりお話しが出来たりで きる場を提供したいとおっしゃっていたのだが、お元気なのだろうか。広場に建てられていたコンテナが一つ撤去されていた。
   すぐ先の竹駒駅で平山さんと合流。ボランティアの方に車で送っていただいた模様。
廻舘橋を渡り対岸の林道を行く。ダンプが通らず歩きやすい。採石場前のガードレールを綺麗に掃除しているお じさんがいた。汚したものは綺麗にしないと申し訳ないと考えるのか、どうせまた汚れるので綺麗にする意味がないと考えるのか、大きな違いである。広い空を 眺めながら、満開の梅に時折目をやりながら春のひと日を堪能する。次の橋を渡り、少し国道を歩いて気仙川左岸の堤防の上をずっと歩く。土の道は気分がよ い。梅が満開だ。昨年は雨に打たれなかなか着かず辛い区間であったが、今年は天候に恵まれ距離が縮んだかのようにすぐ着いてしまった。昨年常光寺さんで暖 かな部屋にお通しいただき、お菓子と温かなお茶を頂戴し体が温まり生き返ったことを思い出す。観音さまシールも順調に張れている。お昼を川の駅よこたで取 ることにする〈12:15〉。
  ちょうどお昼時で大変な込みようである。時間がかかると言われたが、昨年より2時間近く早いので座敷に上 がって悠々と時を過ごす。平山さんがおにぎりを作ってきてくれた。うどんやラーメンなど各自注文。私は、ラーメンの汁は飲まないようにしているが、このと きばかりは温かさと塩気が体に優しいような気がして半分のんでしまった。うまっ。売店のおばさんが私たちのことを覚えていてくれた。昨年腕輪念珠をどうい う経緯だったか差し上げたのを思い出した。米崎産りんごをしぼったリンゴジュース購入、濃厚でうまい。一時間近く座敷でワイワイと過ごす〈13:10〉。
 
   トイレをすませ常光寺へ〈13:20〉。観音堂でお参りをしようとしているとご詠歌講のおばあさImg_1477_rんが5人坂 を上ってきた。御接待をしようと奥様からみなさんに声を掛けていただいたそうだ。観音堂でみなさんと一緒にお勤めができる。ご本堂に上がるとさらにメン バーが増え、お赤飯やきなこ入りのゆべし、お新香など手作りの逸品をご接待。それぞれ名人がいらっしゃり心を込めて作ってくれたそうだ。みなさん一生懸命 にお世話をしていただいた。徒歩巡礼の目的の一つとして地元の方々との交流があるので、本当にうれしい。最後にひとことお話しを申し上げ常光寺さんを後に する。本堂の入口からみなさんにお見送りいただく〈14:00〉。これからご詠歌の練習らしい。

   国道を離れ気仙川の対岸に渡り林道を行く。緩やかに登っていくと国道が見下ろせる。けっこうなところまで上 がったようだ。国道はトラックの往来が激しいことに加え、風景の変化が乏しく長く感じてしまうのだ。緩やかに上り下りを繰り返し、林の中を通り、人家の横 を過ぎゆく。静かでのどかでのんびりする。一時間歩いて平栗福寿庵への分岐。車部隊は分岐点で待っていてくれる。右に坂を下っていき川への小径に。堂内に 入り本日最後のお勤め。周囲の杉林が切られ明るくなった。
  坂を上り返し林道を北へと進む。四十八滝への林道に入らず右手に下っていく。昨年右へ下るよう教えてくれた おばあさんが今年も我々を気に止めてくれた。国道を少し歩きまた橋を渡り、対岸の林道を世田米へ。杉林に入り砂利道の緩やかに登りとなる。昨年はこの辺り で5時を回り徐々に暗くなっていき、果たし道が世田米に繋がっているのかと不安になった。今年は距離感もつかめているし一時間も早いので余裕である。竹野 さんはあと30分というところでスパート。登りをぐいぐい引っ張り、鍛錬の成果を見せつけている。ほどなく舗装道路へと出て、世田米の街に入っていく。新 たに成った木造の町舎前で観光協会の佐々木康行さんと待ち合わせ。太い木で作られたホールはとても居心地よくおしゃれ。木材の町・住田らしい建物だ。陸前 高田観光物産協会の実吉さんも会いに来てくれた。酔仙をお土産に頂く。庁舎についてひととおり説明を受けた後、この日の宿、世田米の小股にある農家民宿一 期舎に向かう。
  Img_1486_r 過日、住田町観光協会ホームペイジに農家民宿なるものを発見し、今回是非にと佐々木さんにお願いしたのだ。風呂にちゃっと入り夕食。岩魚の塩焼き、住田の固 豆腐の田楽、住田ハラミ、行者ニンニクをばっけみそで、アサツキのおひたし、カボチャの煮物、ヤマメのお刺身、サービスで鹿肉の焼いた物を出していただ き、締めは卵とアボガド、シラスのご飯、タレはお母さんのお手製。おとうさんと飲みながら、若い頃サウジアラビアの王宮を建てた話や、食の重要性、農家民宿に懸ける真摯な思いなどなど熱いトークと酒に酔いしれた。真子さんはいつもコンビニ弁当が多いとのこと、普段の食生活をしきりに反省していた。やさしいお母さんと押しの強いお父さんのコンビが絶妙である。泊まりに来ていた小学5年生のお孫さんのはつらつとしたふるまいが素敵だった。また来年も訪れたい。
27日
農家民宿 一期舎〈7:45〉…住田町役場〈8:00〉…向堂観音堂〈8:10〉〈8:18〉…満蔵寺〈8:35〉〈8:51〉…中清水観音・長桂寺〈10:10〉 〈11:00〉…城玖寺〈13:12〉〈13:44〉…坂本堂〈14:00〉〈14:15〉…八幡寺〈14:40〉〈15:30〉…上有住公民館 〈15:50〉…農家民宿 水野貞子さん宅〈16:00〉 

   6時起床。昨日食事を頂いた部屋にある半間もあろうかという立派な仏壇の前で朝のお勤めをする。朝食もおかあさん手作りの蕗の佃煮、切り干し大根の煮物、枝豆入れのサラダなどまたご飯2杯。おみやげに古代米を頂く。ご飯を炊くときにスプーン一杯入れればよいとのこと。
  車で役場まで連れて行っていただく〈8:00〉。この日から大和田さんが徒歩での参加となる。以前からお参 りしたいとは思っていたものの、一人ではなかなか行く気になれず、みなさんに引っ張ってもらえればと思って参加した、とのことだった。この日はバス路線も 並行してあるので、具合が悪くなっても迷惑がかからないと思って歩こうと思ったという。歩き始めると竹野さん同様ぐいぐいと我々を引っ張っていただいた。

役場のすぐ近くに向堂観音堂がある。バイパスを渡り今日初めてのお参り〈8:10〉〈8:18〉。以前一日 徒歩巡礼のとき、このバイパスは何十回も通ってきたけれどお堂があることさえ知らなかったといった方がいたのを思い出す。役場から橋を渡り世田米中心部 に。満蔵寺に向かう。気仙大工の粋を凝らした山門をくぐり本堂前でお参り〈8:35〉〈8:51〉。
  ここから国道を進む。各自コンビニで昼食を購入〈9:39〉。ここ小府金バDscf0058_r ス停にて工藤さんと合流することとする。夜行バスで盛岡に到着し、大船渡行きの バスに乗り換えこちらに向かっているのだ。向川口で合流予定だったが、時間を見て小府金に来てもらう。昼食購入とトイレをすませ出発。もう一人メンバーが 増えた〈10:10〉。橋を渡り車通りのない道を行く。工事の際、日本最大の金塊が見つかったという橋を渡り、国道に戻ってから世田米街道に入り、天風に て旧道へ。またまた畑の中の車通りのほとんどない道をのんびり歩く。暖かだと精神的に楽だ。長桂寺もまだまだ先と思っていたところ早くも着いてしまった。 杉の大木の間を通って境内に〈10:10〉。ご住職が本堂で待っていてくれた。堂内で御法楽。中清水観音が一緒に祀られていることを初めての方々に話す。 庫裡にて南部せんべい、カステラ、お茶を頂く。ご住職と、宗派によってお唱えするお経や、衣の色や身につけているものの違いについてあれこれ話す。実際、他宗の僧侶と身近なことについてざっくばらんに話をする機会はほとんどない。不思議といえば不思議である。ゆっくりくつろがせていただき出発 〈11:00〉。
   気仙川左岸の畑の中の道をのんびり進む。歩くときは心が開かれいろいろな話ができる。気仙の歴史、自分の来 し方、震災後の生活いろいろ…。新たなつながりを紡ぎ出すときとなってDscf0063_rいる。青空を見上げながら、あれこれ話をしながら、観音様シールを張りながら、その 時間に溶け込んでただ歩く。思えば幸せなときである。ただし、こう思えるのも好天に恵まれていることによるのだろう。山が近づいて来ると眼鏡橋。渡って世 田米街道にもどる。千葉修悦さんから電話が入り城玖寺で待ち合わせることとする。川沿いの道に分 け入り城玖寺〈13:12〉。本堂前で御法楽。ここで昼食 を取る。駐車場で、新川さんからスポーツドリンクとチョコパイのご接待。その時々の状況を考えて御接待頂いた。千葉さんと合流。気仙に来て多くのご縁に恵 まれている。

   すぐ近くの坂本堂へ〈13:44〉。堂 内で御法楽。鳥居をくぐりお堂へ。堂内では、正面に役行者像、左手に観音様。まさに神仏習合である。今日のお参りはここまで。千葉さんに教わり、尾根の裾野を巻いていく道を行く。有住小の裏に出る。この後八幡寺さんを初めて訪問した〈14:40〉〈15:30〉。
  ご本堂で法楽の後、ご住職からご説明を頂く。ご本尊左には観音像が幾体も安置されているがこれは廃寺と なった大泉寺に伝えられたものだそうだ。前には厨子に入ったお地蔵様が…。これは5年ほど前に檀家さんから寄託されたもので、昔、回国修行者である六部が 家に泊まり亡くなってしまい、その時背負っていた仏像をずっとお守りしてきたという。厨子がそっくり残っているのも珍しい。思いがけず尊いご縁を頂いた。 ご住職にこころからのお礼を申し上げ上有住公民館へと歩く。気仙にはまだ隠れたお宝がたくさん眠っていそうだ。大和田さん曰く、もし蔵を片付け仏さまが出 てきた場合、粗末にしてはいけないと人に言われることもあるし、補修をしなければならずお金もかかることある。だからそっとしておくのですよ、と。地域の 宝物を眠らせておくのはもったいない。

    上有住公民館に住田町観光協会の佐々木さんが迎えに来てくれている〈15:50〉。ここで新川さん、大和田 さん、千葉さんとお別れ。予定の宿泊所が諸般の事情で受け入れることが出来なくなったため、宿泊は初めて受け入れるという水野貞子さんのお宅に宿泊させて 頂くことに。上有住なので数分で到着〈16:00〉。佐々木さんもこたつに入りしばし歓談。工藤さんは千葉修悦さんから「東海新報」「それぞれの生きるか たち」の原稿を依頼され早速水野さんのお宅に要項が届けられた。お世話になった手前逃げられず。Img_1521_r
  こたつには一杯のごちそうが並べられていた。行者ニンニクの天ぷら、かつおのサラダ、茶碗蒸し、かまぼこ各種、トマトときゃべつと卵のサラダ、さんまのみ りん干し、行者ニンニクと豚肉の炒め物、松茸ご飯、ホタテの味噌汁など。ビールを飲み、おかあさん手製のゆず、ブルーベリーなどの果実酒をたくさん飲む。 楽しくなってあれこれ話して盛り上がる。二階の部屋に布団が敷いてありゆったりと眠る。田舎に帰ってばあちゃんに甘えているそんな心地よい空間であった。 ありがとうございました。

28日
農家民宿 水野貞子さん宅〈7:50〉
…上有住郵便局〈8:10〉…小松峠入口〈8:48〉…小松峠〈9:20〉…国道〈10:20〉…まるよし 〈13:10〉〈14:00〉…舘下観音堂〈14:15〉〈14:55〉…稲子沢観音〈15:10〉〈15:30〉…長谷寺〈16:20〉 〈16:25〉…洞雲寺〈17:30〉〈17:40〉…旅館 菊水館〈18:00〉        

  6時起床。お仏壇で朝のお勤め。貞子ばあちゃんは、朝食からサバ焼きやこごみ、こんにゃくの煮物、おひた しと頑張ってお料理してくれた。またまた2杯ご飯を食べる。佐々木さんが迎えに来てくれた。千葉さん再び来訪。今度は真子さんに原稿依頼。快諾していた。 原稿が楽しみだ。お礼を申し上げ上有住郵便局に出発〈8:10〉。

   藤澤さんが今朝、遠野につきタクシーにて駆けつけてくれた。大和田さん、竹野さんも小松峠越えを一緒にす る。お二人とも筋肉痛は全くなしとのこと。郵便局前に集合しいざ7人で峠越え。千葉さんに山裾を流れる水路沿いの道を教わる。地元の人しか知らない道を歩 いているというのは楽しい。やがて車道に合流。すぐ先で右に別れる林道に入る〈8:48〉。耕作を放棄された田が道の脇に広がっている。草がぼうぼうと生 え、元に戻すことは甚だ困難そうだ。一年耕作しないと雑草の種がたくさん落ちてしまい、とってもとっても草が出てくるため、元に戻すのに2年かかると聞い たことがある。もとの森に還っていく過程なのだ。うねりながらゆるやかに道は付いており車も通らないのでのんびりと歩ける。昨年は雪 が残っていたため凍っているところをよけなかがら歩いていたので、今年はペースがぐっと早い。Img_1538_r 休憩を取る〈9:20〉〈9:30〉。見晴らしの良い場所に出ると、今まで歩いてきた道が森の中に一本の線として見える。だいぶ上がって来た。昨年はビ ニールを足に履いたうえ靴を履いたっけ。向かいの尾根と合流したところが峠なのであと少し〈10:00〉〈10:10〉。倒木を乗り越え、崩壊地を過ぎ、 だいぶ山深く分け入った。平らな地形にでると小松峠は近い。すると、峠の向こう側からあやしげな山伏風情の人が登ってきた。新川さんだ。車を向こう側にお いて登ってきたのだ。驚いた。小屋跡の水場で休み。一段高いところにある供養碑には「宮田佐吉 妻孝子の墓」とある。小屋を管理されていた方の墓なのだろ うか〈10:45〉。みなさんとても元気。真子さんは昨年歩いた兄に負けじと「余裕よ」のポーズ。彼女はワンゲル部なので足は達者なのだ。ただし荷物はムダに重い。まだまだ研究すべき余地がある。

   峠の下りは楽勝。ただ足に任せれば自然と下ってしまう。ただし杉の枝が道に落ちており引っかかって転倒しそ うだ。大船渡側は急であるが峠までの距離はグッと短い。ただし道の土が流れ荒れている所があるので注意が必要。ほどなく下界に到着。ここから県道を歩き、 国道にでてただただひたすら歩く。大和田さん、竹野さんは絶好調でずっと先行しており、なかなか追いつけない。昨年の徒歩巡礼にてもっともきつかったの は、竹駒から横田の常光寺の間、その次は、峠越えの後の国道歩きであった。同じような風景が続き消耗した身には心が萎えてしまった。昼食が2時を過ぎたた め腹が減ってたまらなかった。この道を普段車で走っている人は、数分で通過する感覚があるのでことさら長く感じたようだった。ところが……、今年は天候が 良いためあれもう着いちゃったのという感じで1時過ぎに「まるよし」に到着〈13:10〉。サンマラーメンやら野菜炒め定食やらとんかつ定食やら腹が減っ ているのでもりもり食べる。体が水を欲しているのでおかわりして何杯もがぶがぶ飲む。お腹が一杯になると心が緩む。栄養が体に染み渡る気がする。のんびり させてもらい。出発〈14:00〉。ここで陸前高田観光物産協会の大坂さん合流。大船渡の観音霊場を参るのは初めてとのこと。

   もう舘下観音堂は近い。奥様がいらっしゃりお堂を開けて頂く〈14:15〉。おまんじゅうとお茶の御接待を 受けてお話しを伺ったが、先代から倹約して観音堂を建てるようずっと言われてきたとのこと。今は鞘堂に覆われた立派な観音堂が建立されている。鈴木家のご 先祖の来歴についてもお伺いした。今度メモを取りながらゆっくりうかがいたい〈14:55〉。
  ローソン横を入ってすぐに稲子澤〈15:10〉。庭に入っていったとき、何か違和感が。池の向こうの高台 に立派な観音堂が新たに建立されていた。真新しいお堂の中で御法楽。ご当主が彫られた観音さまが納められていた。以前のお堂は、昔、百観音が納められたお 堂が建っていた高台に移設されていた。今回の大きな収穫である。霊場が徐々に荘厳されていくのは嬉しい。ご当主にお礼を申し上げ後にする〈15:30〉。

    国道を渡り高速道路をくぐり、大船渡高校の脇を通り、長谷寺へ〈16:20〉。総代さんがお堂Img_1553_rを開け待って いてくれた。ご住職よりリポビタンDのご接待。また、上有住の仏師佐々木公一さんがわざわざおいで下さり、栄養ドリンクご接待。以前駐車場だったところに大 きな家が建っていた。収蔵庫のご本尊十一面観音像は、東北歴史博物館の「みちのくの観音さま」に「ご出張」の後、調査が入り5月にお帰りになるとのこと。

  ここから盛の町に向かう。サンリア前を通過していると、真子さんが後輩とあったらいやだといっていたので、店の中に連れて行きたい衝動にかられた。この4月で大学2年生。この辺りには高校の後輩たちがたくさんいるに違いない。
    新川さんのお宅にお邪魔する〈16:48〉〈17:13〉。昨年お祖母さんが亡くなったとのことで、仏壇前 にてみなさんと御法楽を捧げる。あつあつのホットレモンとイチゴ味の鴎の卵を頂く。昨年、法螺貝を家で練習しているか聞いたところ、町中で吹くと近所の犬 が一斉に遠吠えをするので吹いていないとのことだった。確かに犬の心を無意味に燃えたぎらせるのは良いとはいえない。
  すぐ近くの洞雲寺へ〈17:30〉。観音堂前でお参り。稲子澤家寄進の竜宮門はいつ来ても立派だ〈17:40〉。入り口にある観音様の前で法楽。ここで大坂さんとお別れ。リアスホールの駐車場から菊水館まで竹野さんの車で送って頂く。

   菊水館到着〈18:00〉。広々とした綺麗な旅館である。昨年、気仙で知り合った村上さんが宿に「酔仙 煌 淋」をわざわざお届け下さった。こんなに心を懸けて頂き感激である。お風呂に入って7時5分ロビー集合。この夕食は、ずっとお世話になっており新装開店し た屋台村前の「なかむら」にて。いっぱいの人であった。常の如く海の幸を堪能する。詳しい様子は秘密。さらに大中仮設を訪れる度になべやきを接待してくれ た森さんが、屋台村にお店を出したというので訪問。酔っぱらいと格闘しながらがんばっていた。なべやきを購入し明日のおやつとする。
29日
 旅館 菊水館〈8:05〉…田端観音堂〈8:40〉〈9:01〉…熊野神社〈12:00〉〈12:30〉熊野神社熊野堂〈13:20〉〈13:40〉…小舘観音堂〈16:20〉〈16:40〉…民宿‎ 吉十郎屋〈17:30〉

 6時起床。部屋にて朝勤行。朝食また2杯。気仙に来ると飯がうまい。8時旅館前集合。
この日は日曜日、お店が休みなのでミキ店長が参加。竹野さんも参加したそうだったが、庭木の手入れなどがあ るため断念したとか。足はまったく痛みがないそうだ。ただ今かさ上げ工事が始まっている港側に出て橋を渡り対岸へ渡る。被災したままのビルが建っている が、リフォームして使うのかどうか。大船渡プラザホテルは、かさあげ地に新築、移転す ると聞いた。綺麗にリフォームしたのにもったいない気はする。太平洋セメント工場の脇を歩き赤崎へ。

   田端観音堂の向かいはすっかり整地され高台造成が成されている〈8:40〉〈9:01〉。木に囲まれた屋敷 が建っていたのに不思議な感じだ。陸前赤崎駅に通じる新しい道も造られ、ホームから直接道に降りる階段が撤去されていた。お堂の前でお参りの準備をしていImg_1575_rると向こうからおじいさんがやってきた。田端観音堂別当の志田さんである。私たちのためにお堂を開けて頂いた。初めてお堂の中に入ることができた。この霊場は毎月講が開かれており、講員さんたちがお茶やお菓子を持ち寄って一日を過ごしているのだ。中は奥行きが深く長机が置いてあった。正面の厨子に納められている観音さまは直接拝せないが、燈明を付けて法楽を捧げる。ジュースをご接待頂く。お堂の敷地が道路の造成計画にかかり向かいの高台に移設しなければな らなくなると聞いた。まだ詳細は未定とのこと。地域に息づいている観音堂、ぜひ今と変わらず信仰の場としての役割を担い続けて欲しい。志田さんに見送られ て元来た道を戻る。
 去年は魚市場への道を歩いたが、今年はかさ上げ工事が始まり歩道がまったくないとのこと。国道を歩く。お さかなセンターを通過しコンビニで昼食購入。トイレ休憩とする。歩いていると東海新報社の上野さんが車窓から手を振っている。後ほど立ち寄ろうかと思った が、日曜なので会社はお休みなのだ。それでもこうして観音様さまは会わせてくれる。観音さまシール快調に張ることができる。左手に道を折れ細浦へ。駅近く の長源寺さまに立ち寄るがご住職は不在。震災後多くの方が長い間本堂に避難されていたと伺った。津波到達点の碑を見ると津波は本堂脇にまで達していたのが分かる。
  細浦の町を通過し小細浦から熊野神社へ。ここで昨年同様昼食〈12:00〉〈12:30〉。霊場の熊野神社 とは別である。私たちの姿を見つけた宮司さんがけげんな顔で近づいていらっしゃったが、ミキ店長が青年商工会議所でご一緒し顔を見知っていたご縁で、拝殿 の中に入れて頂く。長机を使わせていただいたうえ、お茶のご接待も頂く。森さんの鍋焼きとめかぶの酢の物を皆で食べる。さすが地元に顔の広いミキ店長。お腹が満たされいざ出発。
  これから海を望みながらゆるやかにアップダウンをくり返しながら歩を進める。ミキ店長すでにふくらはぎに張 りが出た様子。最近運動をしていないので…。お父さんの健脚に驚いていた。碁石海岸からのバスの行き来が多い。海岸は防潮堤工事が進んでいる。2倍の高さ にしているがこれではまったく海が見えなくなるし、無機質な壁が延々と続く様は美しくない。果たしてこの建造物で津波を食い止めることが出来るのだろう か。
  三面椿の看板に導かれ熊野神社に到着〈13:20〉〈13:40〉。脇のお堂に観音さまとお不動さまが祀ら れているのでそちらで御法楽。今晩泊まる吉十郎屋はすぐそこ。観光トイレで用をたし広田へ向かう。工事のため元来た道を少し登り迂回する。海岸縁は津波で 破壊されガタガタにされた堤防が放置されていたが、今はきれいに撤去されている。道は向かいの丘陵へ続き緩やかに登っていく。いったん傾斜は緩むがまた登 り。このダラダラ登りは足に来ている人には辛い。真子さんは平坦だ、平坦だと言い聞かせて歩いていた。       

   BRTの線路を越えもうひと登りすると、今度は下り。広い田園地帯の真ん中に小友駅が見えた。ここで工藤さんとお別れ。彼はこの日のうちに帰京しなければならない。みんなで記念写真を撮る。ひとりとぼと ぼ駅に向かう後ろ姿が寂しそうに見えた。この日も温かなため快調だ。ぐっと海岸縁まで下る。きれいな砂浜が広がっていたが、砂の流失を防ぐためImg_1579_r か鉄の板が ずっと打ち込んである。海水浴場でなくなってしまうのか。

   スーパーヤマザキ前の東屋で休憩。トイレを借りる。ここまで来ると広田小の交差点は近くである。この日の終 りが見えてくる。緩やかに登り広田湾が見渡せる。慈恩寺さんの近くに真子さんのお祖母さんが住んでおり皆で立ち寄る。奥さんも来ていた。普通の3倍はあろうかというデカイ鍋焼きを作ってくれた。たくわんもうまい。たくさん食べてしまう。ここまで来ると小館観音堂は目と鼻の先だ。海の脇にそびえる巌の上に建 つ観音堂へ上がる〈16:20〉。お堂前で法楽〈16:40〉。新川さん竹野さんの車でこの日の宿、民宿‎ 吉十郎屋へ〈17:30〉。今日歩いた道をそのまま引き返す。見慣れた風景だ。あんなに苦労して歩いたのに、車だと10分少々。車の速さに驚くと同時に、 もったいないような、腹立たしいような不思議な気持ちになる。吉十郎屋は麟祥寺さんの真ん前。津波で荒れ地となった場所に民宿がオープンしたときから知っ てはいた。お父さんにもお母さんにもとても親切にしていただいた。
  その晩は刺身にすきやき、煮物等々。お酒は昨日頂いた「酔仙 煌淋」。宿のお父さんや同宿の方にもおすそわけをする。香りよし味よし高級な酒という趣である。全て飲みきれる実力はないので余した分はペットボトルに入れ明日に持ち越し。
  工藤さんは帰りの新幹線の中で、独り「雪っこ」3本の峠を越えるべく努力していたのだが、やはり2本でギブアップした模様。携帯で我々とラインをしながら酒をグビクビ飲んでいる僧形の男の隣に座っていた出張帰りのサラリーマンは、けげんな顔をしていたという。

30日
民宿 吉十郎屋〈8:00〉…小舘観音堂〈8:24〉…田束観音堂〈9:54〉〈10:30〉…常膳寺〈11:13〉〈11:30〉…立山観音堂〈12:00〉 〈12:10〉…マイヤ〈12:45〉〈13:28〉…普門寺〈14:08〉〈14:30〉…氷上本地堂〈15:00〉〈15:10〉…坂口観音堂 〈15:42〉〈16:00〉…浄土寺〈16:15〉
〈16:30〉…陸前高田駅〈16:35〉〈16:57〉…気仙沼駅〈17:28〉〈17:50〉…一ノ関駅〈19:14〉〈19:21〉…上野駅〈21:55〉

  朝6時起床。朝食2杯食べたが、温泉卵が残ってしまったため、さらにご飯を食べてしまう。気仙に来る前ご 飯を小盛りで食べるよう習慣づけていたのだが、巡礼を機に満腹中枢が壊れてしまったようだ。もとに戻すのが大変そうだ。おかあさんから御接
82ce82a082bf82e182f182cc8af8_r待で生わかめと めかぶを頂く〈8:00〉。
  新川さんと大和田さんの車で小館観音堂へ〈8:24〉。大和田さんはここに車を置き、帰りに新川車にて車 を回収するという手はずである。真子さんのお祖母さんの家の前を通る。はたきの棒に黄色い布を付けた旗を振って見送りしてくれる。孫に「旗もってくかい」 という と「いらない」。普段何かに使っている旗なのか、わざわざ見送り用に作ってくれた旗なのか。あたたかな思いが伝わってほのぼのとしてしまった。

  坂を緩やかに上り広田小脇を仁田山トンネルに向けさらにだらだらと上る。真子さんちょっとつらそう。右下に 見下ろせる海岸線は昨日歩いた場所だ。この日も順調にシール張り。トンネル入口で休憩〈9:19〉〈9:25〉。新川さんトンネル内で法螺貝を吹く。音が 響き荘厳に聞こえる。後は下るのみ。どんどん進み田束観音堂へ〈9:54〉。荷物を置き山道の急登。明るく開けた頂にあるお堂に入り法楽。大和田さんはこ の登りがきつかったと言っていた。大中仮設にお住まいの平山さん、松沢さん、皆川さんとはお参り後にここで合流〈10:30〉。松沢さんは車で巡礼。分岐を右に進むと広い田園地帯を通り小友小脇に出る。ちょっと先を左に折れると常膳寺〈11:13〉〈11:30〉。まっすぐな参道が徐々に傾斜が増していき 足に来る。真子さんと参道をダッシュで競うが、私の勝ち。今度盛岡でラーメンをご馳走になることになっている。境内に入ってもさらに階段を登りようやく観 音堂。太い姥杉は枝下ろしがされていた。お堂の前で法楽。

  元の道に戻り道なりに進む。アップルロードの上を橋で渡り山間の道を行く。この辺りは高台造成が甚だしく進 み、杉林を崩して宅地に成っている。土がむき出しで工事中の箇所も多い。昨年の森の中の薄暗いイメージと打って変わって明るく開けてしまった。現在位置が 確認できずちょっと立ち止まるが、新川さん情報でそのまま進めばよいことが分かる。日当たりの良い大きく瀟洒な家が幾棟も建っている。リンゴ畑もだいぶ宅 地になってしまった。住宅地の中を下っていくと立山観音堂跡に出た〈12:00〉〈12:10〉。土台はなくなり霊場名を記した石柱と石灯籠が横たわっているのみである。石のお地蔵さんに向かってお経を唱える。


Img_1595_r お昼はアップルロード沿いにある、こんの直売センターでホタテラーメンをと思ったが激込み。隣のマイヤに入り休憩コーナーにて昼食〈12:45〉〈13:28〉。お湯や電子レンジもそろい便利だ。パンやカップラーメンなどを各自購入。昨日頂いた大きななべやき完食。
 アップルロードを離れ国道をトンネルでくぐり高田病院脇を通り直進。車通りが多い。程なく普門寺 〈14:08〉〈14:30〉。本堂裏手の土蔵づくりの観音堂の前で御法楽。善光寺が奉納した親子地蔵や三重塔などの説明をする。帰りかけると境内に観光 バスが入ってきた。震災の語り部の実吉さんが下りてくる。昨年クラブツーリズムの岡山さんが、「祈りの道再興プロジェクト」のホームペイジに関心を示してくれ、わざわざ自坊を訪ねてくれた。その結果、被災地ツアーの一環として気仙の旅が実施されたのだ。実は父と近所の寺のご住職も参加しており、まさかの対 面。数分ずれていれば会うことはなかったろう。これまた不思議なご縁である。

  道はゆるやかなアップダウンをくり返す。昨年より遅れているというとハイピッチに。まだまだみんな元気だ。左に折れ氷上神社へ〈15:00〉。左手のお堂に観音様が祀られていたという説があるが、以前宮司さんの奥様に聞いたところによる と、山の上にあったお堂を壊す予定だったが、もったいないと言うことになり移築したそうだ。中に観音様はいないとおっしゃっていた。本殿の前で法楽し出発 〈15:10〉。道なりに坂を下り左に続いている尾根に向かって歩く。その突端が光照寺となる。火の見櫓近くの消 防団跡にしつらえられた慰霊施設の前で心経一巻。

  坂口観音堂跡から坂を上り光照寺の墓地に到り新築成った坂口観音堂を参る〈12:45〉。ここに千葉修悦さ んが駆けつけてくれた。お堂の向かいに建つ「ののさまの陸前高田駅」にて被災者の方々の名前が記された大きな位牌とご住職が書いた天井絵を拝見する 〈13:28〉。元来た道を引き返し、災害公営住宅の脇を通り浄土寺へ。本堂前で法楽を捧げた後、一緒にお参りをした方ゆかりの方々のご回向を行う。

Dscf0471_r  すぐ車に分乗し陸前高田駅へ。金剛寺ご住職、奥様、実吉さん、大坂さん、千葉修悦さん、一緒に歩いた平山さん、松沢さん、皆川さん、新川さん、大和田さん、 真子さん大勢の方が集まった。一言ずつ感想を述べる。真子さんは「大船渡や高田のことをたくさん教わりました」と述べた。若い人にふるさと気仙の素晴らし さをたくさん知ってほしいと思う。みなさんからいろいろおみやげをいただく。松沢さんから酔仙とゆず酒を千葉さんからは、柿ピーとチーズ、ビールにお茶を 頂く。
  定刻にBRTがやってきた。乗り込んで外を見ると大勢の方が手を振ってくれていた。ああこんなに多くの方に見送ってもらうのだ。成満の満足感とともにありがたさが目の奥からこみあげてきた。ああ、また気仙に来たい。よき6日間をありがとう。

2015/03/31 東京東部教区寺庭婦人会「おすそわけ運動」に協力いたしました

Img_1613_r 第8回東京東部教区寺庭婦人会「おすそわけ運動」の法要を、成就院にて執り行いました。

 10ヶ寺から、お米、そうめん、のり、しょうゆ、せんべい、お菓子、缶詰など多くのご芳志を送っていただきました。午後2時より本堂で、お送りいただきました物資の賞味期限の確認、仕分けを行った後、ご本尊の御前に供え、東日本大震災殉難者精霊の追福菩提、 東日本大震災被災者の方々の息災、生活に困窮されている方々の息災をお祈りする法要を厳修しました。法要には、浅草成就院小鍋師、にご出仕いただいきまし た。寺庭婦人会からは、会長の小宮さん、岸田さんにご参列いただきました。法要終了後、セカンド・ハーベスト・ジャパンにお届けいたしました。

 

2015/03/22 成就院春彼岸法話勤行の会を行いました

3月22日 春彼岸法話と勤行の会を行いました。100名を超える檀家の方にご参加いただきました。
 今回は、檀家の青木信雄先生を講師にお願いいたしました。青木先生はいつも寺の新聞「弘法文化」に練達の文章を連載いただいております。
 川崎大師のすぐそばの大師小学校教諭から中学校の国語科教諭と、そして教育委員会の指導主事、校長と歴 任、現在も川崎にて生涯学習の講師として自分史作成の講座を担当されています。「言葉こそこころの小径」という題で、金田一京助先生がアイヌ語を調査しよ うとした際、子供達との交流を通じてアイヌ語の語彙が増えていったことや名前とは単なる記号ではなくその人そのものであるというお話しなど、円熟の話術も 相まって興味深く学ぶことが出来ました。

2015/02/27 曹洞宗の金田諦応さんが代表を務める移動傾聴喫茶「カフェ・デ・モンク」の活動に参加してきました

 金田諦応さんが主宰する移動傾聴喫茶「カフェ・デ・モンク」に参加してきました。会場となる部屋の前 に掲げられる看板にはこう記されています。「『モンク』とは英語でお坊さんのこと、『文句』の一つでもいいながらちょっと一息つきませんか。お坊さんもあ なたの『文句』を聴きながら一緒に『悶苦』します」と。

Img_1387_r   場所は仙台市泉区中央区民センターです。和室にぞくぞくと20名以上の方が集まってきました。みなさんお住まいになっていたのは、大船渡、気仙沼、南三 陸、石巻、女川、相馬などさまざま。津波で家を流され、現在、仙台にお住まいです。震災後の早い時期にこちらに来た方が多く、息子さんや娘さんなどととも に住んでいる方がほとんどです。
  仙台に来てからというもの、知り合いが一人もおらず、うつうつと家の中に籠もりっきりの毎日は「死にたい。死にたい」と思うばかりであったと伺いました。でも、こうして仲間が出来てお話しができほんとうによかったとおっしゃっていました。

 ある方は、病院に行ったとき地震が起こり、帰ると家が亡くなっており、いまだご主人が見つかっていないそうですし、またある方は、小学校に逃げ階段を上る途中、首まで真っ黒な海水につかりながらかろうじて助かったそうです。悲しいお話しもお伺いしました。

 会は、自己紹介の後、各テーブルに別れてのおしゃべり、マッサージの先生がいらしたので限定7名のマッサージ、絵を描く班、土を捏ねて仏さまを作る班など。3時間はあっという間でした。

 Img_1394_r 私は、みなさんと一緒に絵を描いてみました。テーマは、山から朝日が昇ってくる風景。まず黒い紙に山並みを鉛筆で書き、線に沿ってはさみで切ります。そし て色鉛筆で山際に色を入れていきます。赤、紫、黄色など、思い思いに色を重ねていきます。次にクレヨンを重ねさらに色が強調されます。それを台紙に貼り、 切り離したもう一方の紙との間に色を入れます。そのときもう一方の紙をちょっとずらして張る。ここがミソ。
 できあがりを皆で鑑賞しましたが、それぞれ違いが出ていておもしろい。最後に先生がそれぞれの絵を批評してくれました。この作業はウマイへたが無く、それぞれの違いが表れるところがおもしろかったです。一緒に作業すると教え合ったり、物をとってあげたりと連帯感が生まれ心地よい時間を過ごすことが出来ました。

 そのご希望者に、お地蔵さまの人形が配られました。同じテーブルの方3人にお祈りをして下さいといわれ、 般若心経一巻とお地蔵さまのご真言をお唱えしました。一人の方は、こちらもと布で作られたお守りも机に置かれました。「こっちは弟の分」「弟さんはどうさ れたのですか」「東京に住んでいたのですが、宮城が被災したというのでこっちで働いていたところ、重機の下敷きになって亡くなったんです」。どうして不幸 は一人の人の処にまとめて襲うのでしょうか。一生懸命祈りを捧げさせていただきました。

  ある方は言いました。「生き残ったのを運、不運だといいたくない。私は生かされたのだから、辛いことがあっても生きなくてはいけない」と。向かいにいた方は「でもよろよろしていてなかなかままなりません」と。 
   Img_1391_r 最後にも金田さんのギターで歌を歌いました。「なだそうそう」「上を向いて歩こう」「川の流れのように」「花は咲く」。普段歌詞を味わって歌うことはあまりありませんが、しみじみ噛みしめると実に深いことを言い当てています。歌を高らかに歌っているおばあさんたちに歌詞を重ね合わせると泣けてきました。
 「真っ白な雪道に春風香る 私は懐かしいあの街を思い出す かなえたい夢もあった 変わりたい自分もいた いまはただつかしい あの人を思い出す」「花は 花は 花は咲く いつか生まれる君に 花は 花は 花は咲く 私は何を残したのだろう」『花は咲く』

 まだ花が咲く兆しはみえないかもしれませんが、季節は巡ります。小さなつぼみを付けてそれが花開くと、私は信じたい。

 また、気仙での活動を通してお会いする方は、すっかり顔なじみとなり、再会を喜び合うことが多いのですが、この日にお会いした方々と同様の深い悲しみ、辛さを抱え持っていることに改めて気付きました。

これは、また「カフェ・デ・モンク」に参加しなくてはなりません。 

川本商店発行「みんてら」誌に、「祈りの道」再興プロジェクトの活動総括の原稿と「称観堂」の紹介文が掲載されました

   Img_1373_r 成就院永代供養墓「称観堂」を施工いただいた、かわもと商店さま発行の「みんてら」第6号に、「祈りの道」再興プロジェクトについての原稿を依頼され、この 度掲載の運びとなりました。いままでの活動の総括のつもりで記したものです。また表紙は「称観堂」にお祀りされているやすらぎ観音像が載っております。大 きく取り上げていただきありがたいですね。
  また、この原稿が、活動にも全面的にご協力いただいております、気仙の地元紙「東海新報」に掲載されることになりました。こちらもまたまたありがたいことです。

2015/02/19 6時半より成就院にて、「お話しの会茜」が開催され、住職が『源氏物語』「若紫」の巻を1時間半講じます

『源氏物語』の講読も第6回目を迎えます。今回は、「若紫」巻冒頭を読みます。『伊勢物語』「初冠」 の章と重ね合わせて読むことによって、ぐっと読みが深まるのだ、という話をする予定です。いままで読んできた文が、「初冠」と対応するというのがなんとも 素敵です。お時間があればどうぞ。

2015/02/11 成就院手前味噌の会を行いました

Img_1363_r   秋にお披露目の会を行ったかと思うともう仕込みの季節です。大豆6キロ、沖縄の塩3キロ、麹5キロを仕込みました。ひとさじメンバーが中心でしたが、私の知人・友人含め総勢32人。台所はギュウギュウでした。人数が多いので、温い大豆は手で大切につぶしました。1歳から中学生まで子供達が7 人いたためいつも以上に明るく楽しく活動できました。初めてお会いする人でも作業をしながらですといろいろなお話しをすることが出来ます。中でも若いママさんは、先達の貴重な助言に感謝していました。最後の味噌玉を瓶に投げつけるのは、子供達を中心に大人達も「エイ」「ヤー」というかけ声と共に行い、ストレス解消に最適と喜んでくれました。
 秋にはおいしいお味噌となる予定。終了後、近くの中華で懇親会を行いました。

2015/01/13~15 成田山新勝寺ご本堂にて大護摩供前にお話しをする機会を頂きました。合わせて成田勧学院にて講師を勤めてきました

正月の成田山は大勢の参拝客で賑わいを見せています。大護摩供は7座行われますが、中でも11時のご 貫主ご親修の護摩は特に人数が多く、本堂一杯で軽く千名を超えます。御護摩前に15分程度お話しを致しますが、最初はとても緊張いたしました。ようやく普 通に話せるようになりました。大変貴重な経験をさせていただきありがたい限りです。
 15日は、僧侶養成機関である「成田勧学院」にて1時間半ほど「寺院の活性化についてⅡ」と題し被災地の 活動についてお話しをしました。昨年9月に「寺院の活性化について」と題し、自坊の試みについてお話しをしましたので、第二弾です。20歳から60歳まで の6人。皆さんメモをとりながら熱心に聞いてくれました。

2014/12/17 6時半より成就院にて、「お話しの会茜」が開催され、住職が『源氏物語』「若紫」の巻を1時間半講じました

 『源氏物語』の講読も第5回目を迎えます。20名の参加をいただきました。今回は、源氏が紫の上を自邸にさらっていくシーン。後見人である少納言の乳母と紫の上が対比的に描かれることによって、紫の上のすぱらしさが際だつという読みを講じました。次回は2月です。

2014/12/14 秋の団参「総本山智積院と南山城の国宝寺院巡り」反省会を行いました

IMG_1345.JPG12 月14日(日)秋の団参「総本山智積院と南山城の国宝寺院巡り」反省会を行いました。参加者全員が反省会にも参加いただきました。いつもの如く、高木さん が撮影してくれた旅行総集編を一時間鑑賞し、旅行を振り返ります。ゴッチャになっていた記憶が整理され、訪れたお寺の様子や、仏像そして美味しく頂いた食 事など楽しくお話しが出来ました。1000円会費で弁松のお弁当を食べ、お酒を少々頂きました。みなさんすっかりうち解け時間がだいぶ伸びてしまいまし た。
 写真は、旅行に参加してくれた林さんの奥様が作ってくれたパンフラワーの蓮の花です。小麦粉で出来ているというのが信じられません。さすが、30年関わっているという技術の深さを拝見しました。なんでも蓮を作るのは初めてだとか。葉を作るのが難しかったそうです。

2014/12/07 成就院手前味噌の会お披露目会を、浅草「ビストロ・アッシュ」で開きました

 12 月6Img_1341_r日、2月に檀家の方と作ったお味噌のお披露目会を、浅草「ビストロ・アッシュ」で行いました。12時に成就院集合、お味噌を容器に詰め替えます。ワイワイ楽しく作業しました。お披露目会は、一緒にお味噌を作った私の高校の同級生原さんが営む「ビストロ・アッシュ」にて行いました。総勢17名。1000 円会費でランチです。平田牧場のプラチナポークのソテーを堪能しました。2時間もおしゃべりさせてもらいました。原さんは、赤い大根に味噌を付けて食べてましたが、味噌汁に使うのはもったいないと言っていました。出来たと思ったら、数ヶ月で仕込みとなります。

成就院 永代供養墓 「称観堂」ペイジ及びパンフレットがようやく完成いたしました

  Img_1305_rうやく「称観堂」ホームペイジとパンフレットが完成いたしました。ご覧いただければ幸いです。新たなペイジ作成は、文字を打つだけなら簡単ですが、その他 バナーを作ったり、ペイジが検索にかかりやすくするためのキーワードを変更したりなどなど、その他の部分が素人には解らず困難をともないます。この度、よ うやく機が熟し、パソコン教室の先生にお出まし頂くと、さらりと一日でできました。この日を迎えるに当たっての環境を整えることがなかなか大変です。パンフもいろいろ注文を出し、きれいに仕上がったと思っております。これから募集開始です。
 先日、陸前高田市の出身の方5名が称観堂を訪れました。中学の同級生だそうです。高田活版の佐々木さんか ら聞いたとのこと。ご法事前でゆっくりお話しすることはかないませんでしたが、霊場お砂踏みをこ説明しつつ巡っていると、「あなたの実家の近くじゃない」 とか「実家の菩提寺だ」とかいろいろお話しされ、観音様を間近になか゜いこと拝まれていたそうです。高田松原は、海水浴でだれでも訪れた憩いの場所だそうです。多くの気仙の方にもお参りいただきたいと願っています。

2014/11/30 成就院ご本堂にて「舞と楽」が奉納されました

Img_1301_r  11 月30日、味噌の会にてハープを奏してくれました大福さんとご友人お二人が、ご本堂にて「舞と楽」をご奉納くださいました。現代舞踊とハープとライヤーの コラボ。敬虔な祈りのかたちが目の前に現れました。被災松を材としたやすらぎ聖観音を拝した後であったせいか、天から降り注ぐ光を全身で受け止めている所 作や蓮のが咲き初めるさま、波が押し寄せる様子などが表現されていました。舞踏はすべて即興だそうです。本来、舞楽とは神仏に捧げられたもの。そこに居合 わせた人々は、ともに歌い、躍ることで、「いま・ここ」にいる私たちが、向こうの世界と間違いなく繋がっているという実感をありありと抱いたのでしょう。 私も天女が舞い降りてきたかのような不思議な既視感を持ちました。
 おいでいただいた3人は、この日を船出として各地の神社や寺社に歌舞を奉納するという活動を進めていくそうです。成就院を初めての場所に選んでいただいて光栄です。みなさまのご活躍を御祈念いたします。

2014/11/22 成就院手前味噌お披露目会を行いました

Img_1291_r   11 月22日成就院手前味噌お披露目の会を行いました。冬に大豆、麹、塩で仕込んだ「味噌」が夏を越え立派な味噌となりました。大豆の白が熟成してこのような 茶色へと変化するのは不思議ですね。天地返しの時カビが少なくできがよいかもと思っておりましたが、今年はサイコーです。うまみがたっぷりのよいお味噌が 完成しました。一人1.3キロお持ち帰りいただきました。お披露目会は、豚汁を作り、会費1,000円、つまみ一人一品持ち寄りです。要するに飲み会です。味噌造りに関わっていない人もたくさん参加されました。総勢25名。個性的な方々が多く、それぞれのパックボーンが違いますので、たいへん盛り上がり ました。今年は、ハープ奏者とソプラノ歌手のコラボがたまたま生まれ、ひとときだけシーンと静まりかえり、美しい音色と歌声に耳を寄せました。めずらしく 格調高い雰囲気でした。来春の味噌造り、またメンバーが増えそうです。

2014/11/16 真言宗智山派岩手教区「檀信徒教化会議」に講師として出講いたしました

 Dsc_0471_r 気仙三十三観音霊場の7番札所でもある観音寺さまを会場として「檀信徒教化会議」が実施されました。参加者はおよそ130名。
 まず、ご本堂で東日本大震災物故者の追悼法要が行われたその後、会場をキャピタルホテルに移し、講演会と 懇親会です。電話で「活動についてお話しをして下さい」の頼まれ、軽く引き受けましたが、檀家の方、住職さんら大勢を前にして、さらに被災している方を前 にして、お話しをするということに重責を感じました。とにもかくにも、気仙の皆様と共にずっとこの活動を続けていくという「覚悟」をお伝えしようと思いま した。スライドが上映できないなどハプニングはありましたが、こちらに顔を向けてくれた方が多く、嬉しく思いました。帰った翌日、肩のこりがすっと軽くな りました。
 岩手教区の方々とも知り合うことが出来、これからの気仙行きにまたひとつ楽しみが増えました。これも観音様のお導きです。ありがたいことです。

2014/11/22 東日本大震災「復幸支縁」地福寺出開帳 両国回向院にて、11時より法話をさせていただきます。ぜひ足をお運び下さい

92n959f8e9b92n91a082b382f1_r   東日本大震災で大きな津波被害を受けた気仙沼市。石油タンクから流失した油に火がつき、一面火の海になったことが思い起こされます。地福寺さまは、津波で多大な被害を被りましたが、お地蔵さまは、住職に背負われ難を逃れました。その仏さまが出開帳となります。
  期間は、11月8日から24日まで、回向院境内では気仙沼の物産販売、両国の近隣の飲食店では、気仙沼の食 材を使ったメニューが提供されます。回向院でもコンサート、日本舞踊、演劇など多くの催しが開かれます。拝観料は500円、収益金は、被災地で活動してい る諸団体に寄付されることになっています。みなさま、ぜひ被災地の復興支援として、また休日のお楽しみとして回向院に足をお運び下さい。
  私は、22日の11時よりご本堂にてお話しを申し上げる機会を頂きました。こちらもぜひに。詳しくは、回向院HPをご覧下さい。

今年も「成就院菊まつり」

Img_1275_r 今年も松田さんよりたくさんの菊が届けられました。白、黄、紫などいろいろ、姿もさまざま、道行く人もちょっと寺の中に入って美しい菊を愛で、ちょっとの間ホッとしていただきたいと思います。

2014/10/23 6時半より成就院にて、地元東上野の方々が主宰する「お話しの会茜」が開催されます。住職が『源氏物語』「若紫」の巻を1時間半講じます

 『源氏物語』の講読も第4回目を迎えます。前回は25名もの方に参加いただきました。今回は、「若紫」巻、源氏が紫の上の寝所に忍び込んでくるというシーン。子供である紫の上に対し、源氏は何もしないがゆえに、かえって源氏の行動が詳細に描かれる「ひわい」なシーンなのです。予約も要りませんし、会費無料。どうぞお越し下さい。

2014/10/16 「真言宗智山派 東京地区合同教区研修会」にて講師を勤めました

   2011 年度から、東京地区合同教区研修会を勤めています。委員が交代したときに、任期の4年間は「行動する仏教」「社会をつくる仏教」と訳される「エンゲイジ ド・ブディズム」(Engaged Buddhism)を大きなテーマとして掲げ、各年度のテーマ及び講師を決定していくという方向性が確認されました。
 2011年度はひとさじの会事務局長・吉水岳彦氏及び朝日1413436524972_r新聞記者で「こころの欄」を担当されている磯村健太郎氏を講師としてお迎えし、僧侶の具体的な社会活動の実践例をもとに僧侶が社会に対し、どのような意識を持って行動すべきかという提言を頂きました。
 2012年度は、第一生命:経済研究所の小谷みどり氏をお迎えし、さまざまなデータから寺院が現在おかれている状況を厳しく分析し、そもそも寺は社会に必要とされるのか、僧侶は何をなすべきかというご意見を頂きました。
 2013年度は、ラジオのパーソナリティーを務め、映画を作成し、フォーク歌手と法話のコラボという新た な試みなど斬新的な活動を行っている、高野山真言宗高蔵寺ご住職天野こうゆう氏をお迎えし、教化活動の実践報告とフォーク歌手小林啓子さんと法話とフォー クとのコラボである「うたかたり」を聴聞しました。 
 本年度は、マスコミでの報道が減りつつある東日本大震災をテーマに「東日本大震災・いま・そしてこれか ら」と題し、気仙観音霊場再興についてのお話しをさせていただきました。そして、陸前高田市での震災の語り部として全国各所で講演を行っている実吉義正氏、ふるさと気仙への思いを美しい歌声に乗せて歌い上げる濱守栄子氏をお招きし三者三様の視点から被災地の「いまとこれから」について語っていただきまし た。
 聴衆は35名と少なかったのですが、みなさん熱心に聞いていただきました。

2014/10/11~10/13 「気仙三十三観音への招待 仏と出遇い 自らと出会う」講演会と長部三観音「一日徒歩巡礼」を実施いたしました

Img_1263_r  秋の行事は、講演会と一日徒歩巡礼。今年は再建なった坂口観音堂にお参りいただこうと高田の光照寺さまを会 場として、光照寺ご住職高澤公省老師の御法話、光照寺梅花講のご詠歌奉詠というプログラムで「気仙三十三観音への招待 仏と出遇い 自らと出会う」講演会を行いました。参加者は残念ながら30名程度でありましたが、坂口観音堂の歴史的な経緯と観音様のご功徳についてお話し いただきまし。ご詠歌は、観音様にちなんだ曲を3曲。南こうせつ作曲のフォークのようなご詠歌とバラエティーに富んだ曲を奉詠していただきました。

 そして一日徒歩巡礼は、長部三観音を歩いきました。 一日徒歩巡礼は昨年初めて実施したが、チラシの「徒歩」を見落としていたという方が多数いらっしゃり、「歩くなんて知らなかった」「あんな遠いところまで 歩いたことがない」などの話が聞かれ、満蔵寺さまをお参りしてすぐに2人がお帰りになったし、行程半分程度の長桂寺でギブアップ、以降バス巡礼となってし まっいました。ということを踏まえ、今年は、長部コミュニティーセンターにて、要害観音堂の聖観音像にお出まし頂き、仏前にて読経の後、法話と延命十句観 音経の写経、そして昼食、午後は語り部の実吉さんの解説を各所で聞きながら、古谷観音堂、上長部観音堂とお参りをし、およそ3時間程度の徒歩巡礼となりま した。「30年ぶりにお参りした」「お堂の中に入ったのは初めて」「観音様を初めて見た」など地元の方でもいろいろな発見があったようです。楽しくおしゃ べりをしながら歩くことが出来たと思います。

2014/10/05~06 今年の団参は、総本山智積院と南山城の国宝寺院巡りです

067_r  10月5日6日と総本山智積院と南山城の国宝寺院を巡る旅に行ってきました。台風とちょうど鉢合わせになるとの予報でびくびくしながら京へ向かいましたが、さすが平安の都、周囲の山々が雲を遮り たいした雨も降らず無事帰京いたしました。  「浮橋」の弁当も美味しかったし、普通は入れない西本願寺の書院も拝観できたし、千本釈迦堂もご住職の説明付で国宝の本堂と慶派が作った仏像の数々を見学、夜の円山公園のお店は雰囲気満点。雨も大して降らず満点の初日でした。  二日目は、朝の勤行に始まり名勝庭園、国宝長谷川等伯の障壁画、京田辺観音寺で国宝十一面観音、蟹満寺で国宝の金銅仏釈迦如来像、浄瑠璃寺の六体の阿弥陀様、もうこれでお腹いっぱいでした。とれたてダイニング柳生のお昼もめちゃうま。帰りの新幹線はすっかりもりあがってしまいました。 5日:東京駅(8:33)…〈ひかり505号〉…京都駅(11:11)…昼食〈ホテルグランヴィア京都内 和食レストラン浮橋にて松花堂弁当〉(11:30)(12:20)…西本願寺(12:30)(14:00)…千本釈迦堂[国宝本堂、運慶・定慶の仏像](14:20)(15:20)…智積院会館(16:10)〈しばし休憩の後、円山公園内の「京料理 いそべ」に移動〉 6日:起床(5:30)…金堂にて勤行・不動堂参拝(6:00)(7:00)…朝食(7:30)(8:00)…智積院宝物館[国宝長谷川等伯障壁画]・奥書院・名勝庭園拝観(8:30)…観音寺[国宝十一面観音像](9:20)(10:00)…蟹満寺[国宝釈迦如来像](10:20)(11:00)…昼食〈「とれたてダイニング柳生」〉(11:30)(12:30)……海住山寺[国宝五重塔など](13:10)(14:10)…京都駅(15:10)(16:33)…〈ひかり528号〉…東京(19:10)

2014/09/30 東京東部教区寺庭婦人会「おすそわけ運動」に協力いたしました

Img_1172_r  第5回「おすそわけ運動」の法要を、成就院にて執り行いました。
 13ヶ寺から、お米、そうめん、のり、しょうゆ、せんべい、お菓子、缶詰など多くのご芳志を送っていただきました。写真で解るようにかなりの量になりました。今回初めてご協力いただいた寺院もあり、定例の行事として少しずつ浸透してきたのではないかと嬉しく思いました。
 午後2時より本堂で、お送りいただきました物資の賞味期限の確認、仕分けを行った後、ご本尊の御前に供 え、東日本大震災殉難者精霊の追福菩提、東日本大震災被災者の方々の息災、生活に困窮されている方々の息災をお祈りする法要を厳修しました。法要には、浅 草成就院小鍋師、東覚寺奥田師の2名にご出仕いただいきました。寺庭婦人会からは、副会長の廿楽さん、岸田さん、加久保さんにご参加いただきました。法要終了後、セカンド・ハーベスト・ジャパンにお届けいたしました。

「職場体験」に参加した中学生からお礼状が届きました

「職場体験」に参加した中学生からお礼状が届きました。ひとりのお手紙を掲載しちゃいます。

拝啓 初秋の候、ご住職様をはじめ成就院の皆様におかれましては、ますますご健勝のことと存じます。いかがお過ごしでしょうか。
 さて、先日はご多用中にもかかわらず、ありがとうございました。職業体験においては、受験のこと、仏教に ついて、世界史、ボランティア等々様々な者ものを学べました。そこまでは教えていただけるとは思ってもみないことでした。なかでも一番印象に残っているの は、読経です。あれから読経をして心を落ち着かせることがあります。
 将来は、私も社会人になりたいと思っております。
 三日間大変ありがとうございました。
 最後になりますが、ご自愛下さい。                                敬具

なかなか味わい深いですね。頑張って手紙を書いたことが伝わってきます。また、お寺を訪ねて欲しいです。掃除を手だってくれるとなおよし…。

2014/08/26~28 御徒町台東中学校の「職場体験」を受け入れました

Img_1129_r   8 月26日~28日までの3日間、御徒町台東中学校の「職場体験」を受け入れました。写真は参加した中2の生徒3人です。初日は、本堂掃除。普段は掃除をし ない位牌所や仏さまがご安置されている須弥壇の上などを掃除した後、通常通りはたきをかけて掃除機でほこりをとり拭き掃除をして1日目が終了。年末の大掃 除はぐっとらくになりました。昼食はおろしゴーヤそうめん。2日目は午前中は大師堂掃除、午後に日本語で書かれた絵本をクメール語に翻訳したシールを張る というボランティア活動を行いました。安田学園の鈴木隆一先生がちょうどいらっしゃったので、本が届けるカンボジアの歴史について、30分ばかり易しくお 話しいただきました。お昼は、とろろそば。3日目は、絵本の続き、書院掃除、写経を行いました。お昼は炊き込みご飯と豚汁でした。昼食は、毎日皆で作りま したが、インスタントラーメンやレトルトカレーを作った?という経験ぐらいしかないそうで、野菜を刻むのに苦戦していましたが、おいしくできたようです。 最初は緊張していた3人でしたが、徐々に日常の顔がでてきて、わいわい楽しくお掃除をしていたようです。この記事も読んでくれたかな。

2014/08/09 山谷夏まつりの追悼法要及び池袋「てのはし」夏まつり追悼法要に出仕いたしました

 8月9日池袋サンシャイン脇の公園での「てのはし」夏まつりの中で、追悼法要も行われました。池袋 では、この一年で路上生活者の方が1名亡くなりました。例年10名近くの方が亡くなっていることを思えば、少なくなったとは言えます。でもそれでよしとい うわけではありません。第一部は教会式の礼拝、第二部は仏教式の法要。今年は、曹洞宗、浄土宗、日蓮宗、浄土真宗、真言宗の各宗派の僧侶が集まり、般若心 経の後、お念仏、お題目、光明真言を皆でお唱えしました。なかなか各宗派が一緒に法要を執り行うことは難しいのですが、柔軟にこのような次第といたしまし た。
 夕方から山谷の夏祭まつりへと移動。しかし、強い雨が降り注ぎ、ゆったりと法要を執り行うことは出来ませ んでした。以後、ひとさじの会の屋台では、フランクを100本を販売。30分で売り切れました。他の団体の屋台では、すべて50円で、だし巻き卵、煮込 み、ラーメン、じゃがバタ、けんちん汁、蒸し鶏などなど。第三のビールは100円でした。我々も夏まつりを楽しみました。

2014/07/20 「成就院おすそわけ運動」今年も行いました

    今年もお施餓鬼のご案内に御供米の袋を同封し、生活が困難な方々にお米を届けましょうと呼びかけたところ、82キロのお米と29,000円の浄財が集まりま した。早速セカンド・ハーベスト・ジャパンにお届けして参りました。各所の炊き出しや児童養護施設等で役立つことになっています。ありがとうございまし た。

2014/07/17 大施餓鬼会が勤修されました

12_r   大 施餓鬼会が7月17日に勤修されました。今年も平日にもかかわらず蒸し暑い中、120名を超える方にご参加いただきました。講話は社団法人リヴオン代表を 務める尾角光美さんに「悲しみの寄り添い方」という題でお話を頂きました。「リヴオン」は、大切な人やものなどを失ったときに生じる反応や感情とどうむき あうのか、いわゆる「グリーフケア」を担う団体です。全国各地の学校、お寺などで講演会やワークショップ等を行っています。尾角さんご自身のお母さんを自死でなくされたお話から語り始め、自分のこころそのままを受け入れることの大切さをお話下さいました。

2014/07/11 陸前高田市未来商店街にて行われた「あゆみ観音」奉納法要に参列してきました

Img_1067_r   6 月16日のこと、岩手県・陸前高田観光物産協会のフェイスブックに「あゆみ観音プロジェクト」の記事が掲載されました。奈良県当麻寺中の坊・松村院主の肝いりで、陸前高田市高田松原の被災松で「あゆみ観音」を製作、制作の過程でおよそ50カ所以上の寺院を巡り一人一彫りのノミ入れを行い、延べ5000人以 上の方が結縁するということ、完成後は陸前高田市の金剛寺さまに納められることが記されていました。
 金剛寺さまのご本尊如意輪観音像はがれきの中から見つかりましたが、立山観音堂の観音様はいまだ見つかっ ていません。「あゆみ観音」を立山観音堂のご本尊にお迎えできないかと思い立ち、翌日松村院主にメールをしたところ、金剛寺さんら関係各位の了解が得られ れば異存はないとのこと。立山観音堂別当の大和田さんにおつなぎしたところ、ぜひにということとなり、そして金剛寺さんらの了解も得られ、数週間でトント ンと話が進み、 「あゆみ観音」さまを立山観音堂のご本尊として迎えられることになりました。観音堂完成までの間は、金剛寺さんが避難している圓城寺に仮安置されることとなっています。
  7月11日に陸前高田市未来商店街にて行われた奉納法要には、「祈りの道プロジェクト」から私と吉水さんが参列しました。これからも当麻寺さんはお堂再建に向けての募金を続けてくれるそうです。早く立山観音堂が再興なれば、と願っております。

3月に実施した「高校生・大学生〈祈りの道〉を歩く―気仙三十三観音霊場徒歩巡礼―」の活動報告が「東海新報」に十回にわたり連載されています

Img_0996_r   気仙から帰るといつものように活動報告を仕上げ各所にメイルに添付しお送りしました。すると、気仙の地元紙「東海新報」に十回にわたって連載されことに成り ました。活動は、霊場の情宣へとシフトしている、いま、たいへんありがたいお話です。毎週火曜日に掲載され、3回を数えています。連載を意識して書いたものではありませんで、中途半端な内容になってしまうかもしれませんが、それはそれでまあよしと思っています。足が痛かったこと、雪道の峠越えをしたこと、 暖かな声を掛けてもらったこと、飲んだり食べたりとたこと、興味をもって楽しんで読んでくれる方がいらっしゃれば幸いです。

2014/04/08 「花まつり」を行いました。

Img_0955_r   4 月8日は門前に花御堂を出し、成就院花まつりを実施しました。今年も、本や植木鉢を並べ、たところ、大勢の方が足を止めてくれました。お忙しいところ甘茶 を飲んであれこれ四方山話につきあっていただいた方ありがたがったです。子供の時に飲んだ以来数十年ぶりの甘茶だとなつかしそうに話してくれる方がいまし た。子供の時の経験とは本当に大事なものですね。お手伝いいただいた、ひとさじの会の高崎さん、丸山さん、斉藤さん、金田上人ご家族、藤牧上人ご家族にはお世話になりました。楽しい「花まつり」となりました。

2014/03/10~03/16 「高校生・大学生〈祈りの道〉を歩く―気仙三十三観音霊場徒歩巡礼―」に参加してきました

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 昔、 気仙には気仙三十三観音を生涯のうち一度は歩いてお参りするという風習があったと聞きました。道路が舗装される前は、川沿いの細い路や峠越えの道などを、 数名で連れ立ってたどりたどり歩いて詣でたのでしょう。それが途絶えて数十年になるのでしょうか。車でさっとお参りできる今、あえて一週間もかけて歩いて 詣でるとは、変わり者であるといわれても仕方が無いのかもしれません。でも、いまあえて、足の痛さをこらえながら、坂のつらさをかみしめながら、人々の御厚情に背中を押されながら、一つ一つ観音さまをたどることは、意味があることなのではないでしょうか。非日常の体験をするから、信心を深めるから、自分一人で行きているのではないということを知ることができるから、故郷を再発見できるから、亡くなった多くの方々に祈りを捧げることができるから…。歩く人が 百人いれば百通りの意味づけをするのでありましょう。でも、確かに何かを得ることができる、気づかせてくれるのが巡礼であると思います。
 今回は、「大学生・高校生と気仙三十三観音を歩く」という企画です。気仙の将来を担う若い方たちに何かを 感じ取ってもらいたい、そんな思いからこの計画がスタートしました。東海新報社にご協力を頂き、誌上にて募集をしたところ、幸いにも大学生が一人参加して くれました。その一人とは、津波で大きな被害を受けた2番札所金剛Img_0918_r寺のご子息です。観音霊場の将来をも担うべき若者と一緒に歩けるということはとてもうれ しい。その他、我々が気仙を訪れる度にお世話になっているミキ店長、秋の一日徒歩巡礼に参加してくれた新川さんもご自宅からの通いで全日ご参加いただきま した。
 地図上では総距離140キロ程度でしたが、皆の万歩計は160キロを超えていました。毎 日20~30キロを、雨に打たれ、ミゾレにたたかれ、寒風に吹かれ歩き続けました。また、気仙の皆様に温かな心をかけてもらい、すばらしい出会いをいただきました。
  詳しくは、トップペイジから「気仙三十三観音再興プロジェクト」HP、活動報告13をご覧下さい。

やすらぎ修行会の参加費等82,000円を寄付いたしました

やすらぎ修行会の参加費等が2年で82,000円貯まりました。2万円をネパールの老人ホーム建設資金に、62,000円を住職が参画する「祈りの道」プロジェクトに寄付いたしました。ご協力いただいた方々ありがとうございました。

2014/03/22 春彼岸会「称観堂」落慶法要を行いました

103_r   3月22日13時より「称観堂」落慶法要を行いました。150名を超える檀家の方々にご参加いただき本堂はぎっしり、ありがたかったです。
  今回は、二部構成。第一部は、長老と読経をした後、勤行式をお唱えし、ご先祖のご供養を行いました。第二部 では落慶法要。称観堂建設のプロジェクトに関わっていただいた来賓の方々にご挨拶を頂きました。まず仏師の佐々木公一さん。仏像とは、礼拝する方が思いを捧げる対象でり、仏さまを経由して自らの思いが立ち戻ってくるもの、よって、制作者の思いを極力廃し、「いいものを作る」というその一点のみ考えて仏さまを彫っているとのお話をされました。施工会社の川本商店の森口さんは、お参りする方の祈りをどのように表現するかということを考え、永代供養墓の施工を行っているとのことでした。佐々木さんとは逆の考えでおもしろかったです。設計の押尾さんは、祈りとは何らかの所作を伴うことで深まっていくのではないか、その工夫が今回の八の字に歩きながらお参りするということになったというお話でした。その後、称観堂に向かってもう一度勤行式をお唱えし法要終了。みなさん、本堂、書院などで近くの方々と懇親を深めていらっしゃいました。

「称観堂」 いちおう完成

台風038_r_3 や雨の影響もあり完成がだいぶ遅れてしまいましたが、落慶法要の2日前、ようやく足場が取れバタバタと完成いたしました。お参りに来ていただいた皆さんは、ふたつのお堂の周りを8の字に歩いてお参りされていました。 

成就院永代供養墓の名称が「称観堂」に決定しました

「称観堂」の名称は、『観音経』にある「一心に名を称せば、観世音菩薩、即時に其の音声を観じて、皆解脱することを得せしめん」との経文によります。
「称観堂」は、岩手県陸前高田市の高田松原の被災松で作成した聖観音さまがお祀りされる「与楽」と、ご遺骨 を納める「抜苦」とで構成されます。「抜苦与楽」―衆生を苦しみから救い、福徳を与える―という言葉は、観音さまそのものである大慈大悲という仏徳をより 具体的に表したものです。
 「抜苦」と「与楽」とを、「気仙三十三観音霊場お砂踏み」をたどりながら八の字にお参りすることで、ご自 身がご功徳を積むのと同時に、仏さまに祈りの思いを伝えることができます。「お砂踏み」とは、各霊場境内のお砂を下に敷いた各霊場の石板をたどることによ り、実際に霊場を巡礼するのと同じご功徳が頂けるというものです。昨年の三月、気仙三十三観音霊場を徒歩で巡礼しときにお砂を頂いて参りました。
 霊場名の揮毫は、成就院檀信徒の方々にお願いいたしました。中学生から九十近い方まで精一杯思いを込めて書いていただきました。ありがたいことです。
どうぞ、「南無観世音菩薩」とお称えしながら、お砂踏みをたどり、聖観音さまをお詣り下さい。
ただいま、躯体の石張り工事です。次はお砂踏みの石板張り、そして「抜苦」の吹付工事となります。春彼岸に間に合うのでょうか。

2014/02/06と02/20 お話の会茜で「源氏物語講読」と題し、「若紫」の巻についてのお話をしてきました

2月6日と20日の2回、それぞれ一時間半ほど、東上野区民館で「源氏物語講読」と題し、「若紫」の 巻についてのお話をしてきました。お話の会茜は地元の町会の方が開いている会です。前回は、登場人物の系図を書きながら、その名称の意味合いを物語冒頭のあら筋をたどりながらお話しいたしましたので、今回は実際に本文を読んでみようということになり、教科書でおなじみ「若紫」「小柴垣のもと」を2度に分け て読みました。それぞれ35名もの大勢の参加があり、部屋ぎっしり。熱心に聞いてくれました。『源氏物語』を楽しんでくれたようでよかったです。次回は秋 にということになっています。部屋に入りきらなくなったらどうしよ、とちょっと心配してます。

2014/01/28~29 成田山新勝寺ご本堂にて大護摩供御修業前に御法話をする機会をいただきました

昨年より、葉牡丹布教師会に入会いたしました。この会は、成田山の大護摩供の前に15分ほどお話をす る機会をいただきそれぞれが研鑽を積む、という主旨の会です。昨年9月に引き続き2度目の経験です。この日は、新年初めてのお不動様のご縁日の日に当たっ ていました。11時の大護摩供は大本堂ぎっしり、1,300人ともいわれる大勢の参詣者であふれていました。なかなか緊張しますね。お不動様を背にお話し しますので、責任重大です。みなさんよく聞いていただきました。10時半には茶湯接待所にてお話。初めての経験でしたが、がやがやしているところに入って いき、聞いていただくというのも新鮮でした。最後に拍手をいただきうれしく思いました。次回は5月、しっかり準備していこうと思っています。

2013/12/28 に岩手県気仙地域の新聞である「東海新報」誌上に、「五葉山からの贈り物―それぞれのいきるかたち―」に住職の気仙三十三観音霊場「一日徒歩巡礼」に関連する記事が掲載されました

14022701  『それぞれの生きるかたち』~気仙三十三観音巡礼の勧め~                    東京都台東区 福田亮雄
 「ひとさじの会」では、この十月、気仙のみなさんに気仙三十三観音霊場をもっと知っていただこうと、住田 町の世田米から上有住までの五つの霊場を巡る「一日徒歩巡礼」を行いました。総勢28名。五葉山などの稜線に点在する紅葉を望みながら、おしゃべりを楽し みながら、柔らかな紐帯を感じつつ、ひがな一日を過ごしました。
四国遍路を歩いて巡ったときのことです。夕方までにあと一カ寺、少しでも先にとつい無理をしていました。御 朱印を頂いてもドライヤーの温風で乾かし早く出発、とあせります。私たちは、子どもの頃から効率的に多くの仕事をこなすことがよいと教えられてきました。 日常生活も自らノルマを設定し、それをこなそうと頑張ってしまいます。遍路に来ても同様。何かに追われるように一つの寺を終えたらまた次の寺へ。道中、徳 島から徹夜で50キロ歩いてきたと誇らしそうに話す青年と会ったことがあります。
 ある日、日向ぼっこをしていたおばあさんに道を尋ねると、「この道は、昔の街道でナ。今は人もよう通らん が、祭りの晩は提灯の明かりが一晩中絶えなかったんもんだ。まあ、ボチボチおやんなさい」とお話くださいました。遍路道には接待所がここそこにあり、お茶 やみかん、イチゴなどを頂くことがあります。そこでは、「最近のお遍路さんは、休んで行きなさい言うても、先を急いでいますからとありがとうも言わんうち にスーッと通り過ぎていく。お遍路は三返回ったから三倍御陰が頂けるんじゃない。道端のお地蔵さんにお参りしたり、地の人と話をしたり、そういうことが大 切なこと。急ぐという事は死に急ぐということ」。とても良いお話しを伺いました。
 「御陰を頂く」とはよい響きを持った言葉ですよね。「御利益」という言葉はなんかナマナマしい。「御陰」 は「おかげさま」の「おかげ」と同じです。温かな陽差しもおかげさま、やさしい声を掛けていただくのもおかげさま、こうして歩けるのもおかげさま…。日常からちょっと離れたときに、たくさんの「御陰」を頂いていることに気付きました。
 
「ボチボチ」歩きながら、たくさんの「御陰を頂こう」と考えが切り替わったとき、心がスッと楽になりまし た。それからは、道端で農協の裏話を小一時間聞いたこともあります。民宿のおばさんと都会と田舎の暮らし方の違いについて語り合ったこともあります。今日はここでと身も楽になりました。
巡礼とは、観音さまと出会う場であると同時に、亡くなった方々とのご縁を結び直す場でもあります。新たな出 会いをもたらしてもくれるでしょうし、普段は目を背けてきた自分自身と向き合わせてくれることもあるでしょう。「ボチボチ」のんびりといろんなことを考え ながらお参りをすると、きっとたくさんの「御陰を頂く」ことができますよ。お知り合いと連れだって「気仙三十三観音」の巡礼に出かけてみませんか。
私たちも気仙の観音さまから、気仙のみなさまからたくさんの「御陰」を頂戴しました。今度地元の高校生と「気仙三十三観音霊場徒歩巡礼」を行う予定です。町で見かけたら是非一声かけて下さい。

2013/12/27 永代供養墓に安置される聖観音像が岩手県住田町「五葉舎」よりお迎えすることが出来ました

Img_0723_r  陸前高田市高田松原の被災松を材として、岩手県気仙地域にある「五葉舎」佐々木公一さんに製作をお願いしておりました聖観音像が完成しました。
 27日佐々木さんが雪の中、自家用車に観音さまを乗せ、10時間かけ成就院までお連れいただきました。
 柔らかく温かいお顔の観音さま、震災を忘れないで欲しい。東京に住む岩手出身者の方にも手を合わせて欲しい。佐々木さんの深い思いが注ぎ込まれた観音さまです。
松は通常仏像の材としては使われないそうです。この度、材木屋さんに事情を話し、節なし、細かく目の詰まった材を、5本目の木から製材してくれたそうです。
 ただいま、ご本堂にご安置しています。朝の勤行で、観音経と気仙三十三観音霊場のご詠歌をお唱えしております。

2013/12/24~24 まで岩手県大船渡市で実施された「サンタが町にやってくる」に参加しました。また、3.11より気仙地域で実施予定の「高校生『祈りの道』を歩く―気仙三十三観音霊場巡礼」の打ち合わせに行ってきました

 「サンタが町にやってくる!~岩手★おおふなと★~」サンマチは、「震災から2年半が経ち、復興 に向かって走っていかなければならない大船渡をもっと盛り上げよう。大船渡にない冬の風物詩を地元大船渡のチカラで作り出そう」(サンマチHPより)とい う思いから企画されたもの。大船渡カメリアホールをメイン会場に、大ホールでは子供たちのダンスやコンサートなど、2階和室では子供たちを対象としたワー クショップ、そしてメインは、サンタウォーク。参加者がサンタの格好をし大船渡内の8コースに別れ、歩きながら出会った子供達にお菓子を配るというもので す。80人以上のサンタが大船渡の各所を歩き回りました。我々は「お坊サンタ」として参加。写真を撮られたり結構人気者でした。ラーメンやから子供達が出 てきたり、スーパーの出入口でお菓子を配ったり、車が止まって窓から手渡したり、楽しく一日を過ごしました。
 翌日は、「高校生『祈りの道』を歩く」の打ち合わせに東海新報社を訪れました。宗教にかかわる団体が学校で募集を書けるのは難しいとのこと。東海新報社さまがバックアップして下さり、誌上にて募集をかけることになりました。これまたありがたいことです。詳しくは、「祈りの道 気仙三十三観音霊場再興プロジェクト」HPをご覧下さい。

2013/11/14~16 御徒町台東中学校の2年生が職場体験にやってきました。

Img_0645_r  今年は、女子が二人職場体験にやってきました。玲亜さととひなさんです。職場体験一番人気は飲食業だそうです。ユニフォームを着ての接客に憧れるのでしょう か。お寿司屋さんは最後に握りを握らしてくれるとか聞きました。美味しそうですね。保育園で子供達と遊ぶのも女子の間で、かわいいと人気だそうです。
 さて、お寺での職場体験。初日、般若心経の写経、お昼作り、勉強会のお茶だし、消しゴムはんこ作成、草む しり。二日目、書院掃除、掛け軸取り替え、書院ガラスふき、食事作り、位牌所そうじ、合羽橋道具街に買い物。三日目、本堂掃除、本堂ガラスふき、草むしり などなど。お寺はいろいろな仕事をさせられちゃいます。三日間一生懸命働いてくれました。印象に残ったことは、お茶出しをしたとき、みなさんからニコニコ してあれこれ話しかけられたことだそうです。これからも二人には定期的に来てもらいたいくらいです。

2013/11/10 成就院手前味噌の会を実施いたしました

Img_0640_r  2月に仕込んだ味噌が夏を越え熟成しました。今年の猛暑を乗り越え黒カビも生やすことなく無事完成。仕込みに参加された方々18人が参加されました。11時集合。味噌焼きおにぎりと豚汁をみんなで作り食べました。ひとり1キロお持 ち帰りいただきました。その日の夕飯か、翌朝食でお味噌汁に使われたのでしないでしょうか。家族の方々にも、自分たちで味噌を作るという物語を共有してい ただければ嬉しいです。

2013 秋 「成就院 菊まつり」

Img_0646_r   今年も松田さんが丹誠込めて育てた菊をお持ち下さいました。色もかたちもとりどりの菊がお参りにいらした方の目を楽しませてくれます。外国人観光客の方々も 菊を見て境内の中に入ってこられます。ただし、いくつかの鉢はネズミにかじられてしまいました。残念。もしかしたら、稲穂をたべたのもネズミかも…

2013/11/04~06 高尾山から御嶽神社へと予定した峯中修行に行ってきました。

Dcf00001_r  11 月4日から6日まで峯中修行に参加しました。高尾修験の戸田先達と高尾山をスタートして御嶽神社まで尾根をたどれれば素晴らしいねと話が出たのは昨年でし た。あまりにも長い道のりなので、とりあえず試行してみようと、歩きやすい秋のこの時期に歩くことになりました。百観音成就院小鍋師も参加されました。写 真は陣馬山頂にて。
 4日の夕方高尾山に到着。特別に坊入することができました。外に出ると一面に無数の灯りがきらめき、思いもかけない出会いに得した気分になりました。
 翌日は、4時半起床。5時ヘッドランプを点灯して出発。八丁平、小仏峠、景信山、明王峠、陣馬山と休憩を とります。快晴、富士山がきれいに見えます。陣馬山からはぐっと人が減り、醍醐丸、生藤山、笹尾根に入り浅間峠、そして小棡峠から笛吹入口バス停へと下りました。着いたときは4時半。辺りは薄暗くグッと冷えてきました。バスに乗りかんづくり荘へ。冷え切った体をお風呂でゆっくり暖めました。山菜、こんにゃ く、などの地の食材で作られたお料理でおいしくいただきました。体を横たえた1分後にはすーっと寝入ってしまいました。
 翌日は、両足がつった人、下りで膝がボロボロになった人など、無理しないでおこうということに。なじみの立川の華盛楼でささやかに精進落としを。御利益を落としきらないよう気をつかって家路につきました。リベンジしようかあきらめようか、ただいま思案中です。

2013/10/14~16日 「そうだ、被災地へ行こう―気仙を巡る旅」檀参に行って参りました。

137_r 10月14日から16日まで住職が活動している岩手県気仙地域に檀参に行って参りました。被災地をこの目で見てみたいという方もおり、檀参初参加6名、総勢18名でした。できるだけお金を気仙で使おうと思い、バス会社、宿泊所も気仙の会社にいたしました。
 初日は、平安時代の中央政府の機関であった胆沢城へ。「奥州市埋蔵文化財調査センター」で学芸員の方に説 明いただき、蝦夷の暮らしや胆沢城の構造について学びました。次に、「えさし郷土館」で、気仙三十三観音の霊場でもあり、東北の大長者といわれた稲子澤家 がお守りしていた百観音を拝観、こちらも、学芸員の野坂さんにご説明いただきました。さらに野坂さんには、「藤里毘沙門堂」まで同道いただき、詳しい解説 を頂きました。ありがたかったです。毘沙門堂には、坂上田村麻呂と同じ背丈の平安時代の毘沙門さまほか幾体もの仏さまがありました。その晩は、住田町世田 米のホテル高勘泊。
 二日目は、気仙三観音の一つ真言宗智山派長谷寺で平安仏の十一面観音さまを拝観しました。ご住職、総代さ んたちにお迎えいただきました。そして、かもめの玉子で有名な斉藤製菓の工場内に設置されている「大船渡津波伝承館」にて館長の斉藤さまより、震災当時の 映像をみた後から1時間半に渡って、震災直後の様子、ご親族を捜しに避難所を巡ったこと、そしていまの状況など身につまされるお話をいただきました。お昼 は、気仙行きには必ずうかがう大船渡屋台村の「なかむら」へ。昼伺うのは初めてでしたが、海鮮丼おいしく食べました。。気仙三観音の一つ 常膳寺を拝んだ後、気仙川脇の金剛寺さまへ。津波で本堂・庫裡が全壊しました。何もなくなってしまった跡にたたずみ、在りし頃を想像しました。みなさんお 疲れの様子なので、浄土寺さまを拝んだ後、ホテル碁石へ。その晩は、施餓鬼会で歌ってもらったHAMAちゃんのお父さんが経営する「じゅん」で楽しいひと ときを過ごしました。
 最終日は、台風来襲。朝からスゴイ雨と風です。近くの松林の松が倒れんばかりに揺れていました。本来なら ば震災の遺構をみながら震災の語り部実吉さんにお話頂く予定でしたが、普門寺さんのご本堂をお借りし、一時間半、お話しいただきました。リアルなお話にみ なさん涙されていました。最後に圓城寺にて、金剛寺のご本尊で震災の一週間後、がれきの中から発見された如意輪観音さまを拝観しました。帰りは新幹線のダ イヤが乱れ、立ったまま東京まで帰った方もいらっしゃいました。
 みなさん、実際現地に行き、そこに立って初めて分かることがあるとおっしゃっていました。気仙の方々にも親切にそして温かくお迎えいただきありがたかったです。当初の予定表を以下に掲げます。

14日:上野駅(8:46)…水沢江刺駅(11:25)…昼食「南部屋敷 江刺店」〈そば〉 (12:00)…奥州市埋蔵文化財調査センター(13:00)…胆沢(いざわ)城…えさし郷土文化館〔稲子澤家百一観音参拝〕(14:00)…藤里毘沙門 堂(15:30)…ホテルグリーンベル高勘(16:30)    

15日:ホテルグリーンベル高勘(8:30)…第22番 長谷寺(ちょうこくじ)〔平安仏拝観〕(9:00)…大船渡津波伝承館 (10:00)(11:00)…昼食 大船渡屋台村「なかむら」〈海鮮丼〉(11:30)…第27番 常膳寺(じょうぜんじ)…第2番 金剛寺…第3番 古谷(こや)観音堂…第4番 要害(ようがい)観音堂跡…第33番浄土寺…ホテル碁石(15:00)

16日:ホテル碁石(8:30)…第24番 熊野神社熊野堂…道の駅〔震災の語り部による解説〕(10:00)(12:00)、気仙中跡、一本松、旧市役所、普門寺等を案内していただく…昼食 陸前高田未来商店街 食堂「てるてる」〈松花堂弁当〉(12:00)…圓城寺(えんじょうじ)〔ガレキの中からよみがえった観音様参拝〕(13:00)…松川二十五菩薩堂 (14:30)…一ノ関駅(15:53)…上野(18:23)

2013/09/21 秋彼岸会勤修いたしました。

08_r   9 月21日に秋彼岸会を勤修いたしました。120名を超える多くの方に参加いただきました。講話の講師として、ひとさじの会で知り合った安田和喜さんをお招 きしました。安田さんは大学一年生で、「こどなの語り場」の代表を務めます。彼は、家庭にいろいろ事情り児童養護施設に入りましたが、この春卒業。一人暮 らしを始めました。児童養護施設は、施設間格差が大きいそうです。しかし、子供たちの交流はなく、例えば奨学金があることさえ知らされない施設があるとの こと。そこで、彼は子供たちの交流の場として「こどなの語り場」を立ち上げ、サマーキャンプなどの活動を継続的に行っております。この日は、児童養護施設 というものをまず知ってもらい、合わせて施設が抱える問題点を共有していただきたいという趣旨のお話でした。孫と世代が重なる檀家のかたも多く、共感を もって聞いていただけたと思います。

永代供養塔「とこしえ安穏廟」(仮称)を建立いたします

   弘法大師堂の左手、現在、サンルームと物置のある場所に、永代供養塔「とこしえ安穏廟」(仮称)を建立することになりました。10月より本格的に工事が始まります。年内には完成の予定です。
 普通、永代供養墓といいますと、四角い石室の上または前に石造りの仏さまが祀られているという形態がほと んどですが、成就院の永代供養塔は、二つの円柱で構成されています。右の円柱には、木造の聖観音さまが御安置されます。聖観音様は、東日本大震災の大津波 でなぎ倒された、岩手県陸前高田市の高田松原の被災松を材として、気仙の仏師「五葉舎」佐々木公一さん制作をご依頼しております。左の円柱にはご遺骨が収 められます。ゆくゆくは、観音様の下にあるカロートに合祀されます。左の円柱は砂地が吹き付けられざらっとした感じ、右の円柱は石がはり付けられ整った感 じとなります。
 二つの円柱を八の字を書くようにお参りしていただくのですが、その路には「気仙三十三観音お砂踏」を作ります。今年の3.11から4日間をかけ、気仙三十三観音霊場を徒歩巡礼したときに、各霊場でお砂をいただいて参りました。
 家というものが多様な考え方・生き方によって、ますます揺らいでいく将来、成就院を護持発展させていく大きな存在となるかと思います。
 お参りの際、東日本大震災で亡くなった方々、いまだ辛い暮らしを余儀なくされている方々にも思いを馳せ、お手合わせいただければ幸いです。

2013/08/22 お話の会茜で「源氏物語 初まなび」と題するお話をしてきました

8月22日の7時より一時間ほど、東上野区民館で「源氏物語 初まなび」と題するお話をしてきまし た。お話の会茜は地元の町会の方が開いている会です。東上野は、経師屋さん、紙屋さん、桐箱屋さん、彫刻士、大工さんなど職人さんが活躍する土地柄です。 その方々のお話を伺おうというのかそもそもの会のスタートだそうです。今は、職人さんだけでなく、歴史研究家や神道の研究家など多彩な講師が登場している ようです。私は、登場人物の系図を書きながら、その名称の意味合いを物語冒頭のあら筋をたどりながらお話しいたしました。不義密通の末生まれた子を周りに 知られぬよう気を配りながら皇位につけようということが、『源氏物語』の肝です、といったとき、初めて聞く人はハッとした顔をしていました。いろいろ質問 もいただき、結構な盛り上がりをみせました。図書館で『源氏物語』を借りて読んでみようという方がいたのは嬉しかったです。

2013/08/10 「山谷夏まつり」の追悼法要に出仕しました

 8月10日玉姫公園にて山谷夏まつりが行われました。まつりに先立ち、路上でお亡くなりになった方の追悼法要が、故人の写真やお花が飾られた壇の前で、ひとさじの会に関わる僧侶・ボランティアの方々により営まれました。
 煮込みやキュウリ、冷や奴、豚キムチ、そして発泡酒などの飲み物が売られています。ウーロンハイは、無料 で飲むことが出来ます。バンドの演奏あり、カラオケ大会あり、みなさん楽しく時を過ごしていらっしゃいました。昨年ひとさじの会では、肉巻きおにぎりを販 売し、大好評でした。が、今年は日程が後ろにずれたため、お盆と重なり、模擬店を出すことが出来ませんでした。来年は、簡単な物でもよいから何か売りたい ね、とメンバーで話していました。

2013/07/17 「大施餓鬼会」勤修いたしました


7 月17日大施餓鬼会が行われました。今年は法話の代わりに大船渡市出身のシンガーソ2515_r_3 ングライター濱守栄子さんのミニコンサートを行いました。濱守さんは、 避難所や仮設住宅の集会所で巡回コンサートを何十回と行い、笑顔を届けてきました。私がよく伺う大中仮設にも何度も足を運んでおり、そのご縁でお迎えする ことが出来ました。
 4曲目の「もしも」という曲は、親しい方が亡くなると聞いたときの思いを込めた歌でした。檀家さんそれぞ れが亡くなってしまった大切な人を胸に抱いて聞いてくれたのでしょうか、かすかにすすり泣きの声も聞こえ、ぐっと堂内の空気が引き締まりました。最後の 「国道45号線」は大震災より半年が経った高田の町の映像を流しながら、故郷への思いを歌っていただきました。濱守さんの透明な歌声でまっすぐな思いを歌 い上げた40分、例年とは違いますが、敬虔な思いを抱かされるときでした。

成就院「おすそ分け運動」 今年はお米が132キロ集まりました

  Img_0382_r年より始めた「成就院おすそわけ運動」。今年も施餓鬼会のご案内に封筒を同封し呼びかけたところ、132キロ(お米券含む)ものお米が集まりました。あり がたいことです。18日に大きな袋に詰め替えセカンド・ハーベスト・ジャパンにお届けいたしました。炊き出しなどを通し、生活に困窮している方々の元に届 けられます。 

やすらぎ修行会参加費と花まつりの御喜捨 合わせて74,720円をひとさじの会「気仙三十三観音再興プロジェクト」に寄付いたしました

毎月21日に行っている「やすらぎ修行会」の参加費と花まつりの御喜捨合わせて74,720円を、ひとさじの会「気仙三十三観音再興プロジェクト」に寄付いたしました。
 気仙三十三観音第三十二番札所坂口観音堂を、陸前高田市光照寺内に再建するという計画が始まりました。このご寄付は、お堂再建のための支援金の一部として使われましたのでご報告いたします。ご協力いただきましたみなさまありがとうございました。

陸前高田市高田松原の被災松で聖観音さまを建立する計画が始動しました

Img_0317_r_2  ただいま、弘法大師堂の北に永代供養墓を建立する計画が着々と進んでいます。そこに気仙三十三観音霊場のお砂踏み場と、「奇跡の一本松」で有名な高田松原の被災松で造立した聖観音さまを建立することになっています。

 聖観音さまは、気仙の住田町五葉山の麓に五葉舎という工房を構える佐々木公一さんに彫像をお願いいたしました。気仙三十三観音再興プロジェクトにおいて、がれきの中から見つかった要害観音堂の聖観音さまの修復をお願いした方です。

  この度、ぜひ、仏さまを据える場所を見てみたい、どのような思いで造仏されるのかその思いを聞いてみたい、 岩手からわざわざ訪れていただきました。それこそがお像を造りあげていく力となるとのことでした。彫刻の「作品」ではなく、ながくながく多くの方に礼拝さ れる仏さまを造るのだという思い。ますます、わたしは、佐々木さんを信頼いたしました。写真の観音様のお姿をお持ち下さり、現地を視察されました。なんと も美しいお姿ですね。観音さまは、光背と台座を含め1m程度です。

  12月初めには永代供養墓、観音像、御砂踏み、すべてが完成している予定です。楽しみです。みなさまも是非お参り下さい。永代供養墓の計画の詳細については、次の機会に。別にじらしてるわけではありません。

「東日本大震災復幸支縁 善光寺出開帳 両国回向院」が終了しました

2013年4月27日より5月19日まで、両国・回向院さまにおいて「東日本大震災復幸支縁 善光寺出開帳 両国回向院」が実施され、3万人を超える多くの方にお参りいただいきました。
 私が参加するひとさじの会のご縁で、がれきの中から発見された、金剛寺ご本尊如意輪観音さま(秘仏)、要害観音堂聖観音さまを、「善光寺出開帳」にお迎えすることができました。

回向院さまの新築された念仏堂の二階の広間に気仙にまつわる仏さま―被災地に安置する一光三尊像7体、高田 松原の被災松で建立された善光寺と陸前高田市普門寺の親子地蔵、要害観音堂聖観音、金剛寺如意輪観音―が安置されました。畳みの大広間であるため、靴を脱 いで、間近に仏さまを拝することが出来ます。幾たびか、ひとさじのメンバーと部屋の脇でお念仏を申しましたが、皆さん、説明文を良く読み、仏さまを熟視さ れた後、固く目を閉じ手を合わされた方をよく見かけられました。またある方は、畳にぬかずき礼拝されており、またある方は、涙を流しながら拝んでいらっ しゃいました。いちように「よく泥の中から現れて下さった」とおっしゃっていました。

私は、一度両国駅前の長屋ストリートで行われていた陸前高田の物産販売のボランティアに行きました。そのボ ランティア活動の中で、陸前高田市の要害の出身だという森さんと知り合いました。実家は要害観音堂の数百メートル先。要害観音堂別当の方は小学校の2つ先 輩だといいます。一緒に出開帳に行き、要害の観音さまを拝した。対面した瞬間からとめどもなく涙があふれ「よく一月後に観音様が出てきてくれた。小学校の 頃は観音堂でかくれんぼをして遊んでいたけれど、上の方にあった観音様はみたこともなかった。故郷は津波にあい、子どもの頃見ていた多くの風景を無くして しまったから、観音さまが見つかったことは本当にうれしい」、身体を硬くして至心に祈りを捧げられていました。その姿を横で見て、お話しを伺って、善光寺 出開帳と気仙の仏さまとのご縁を結ぶことが出来て良かったとしみじみ思いました。

 何万という方の思いが観音様に捧げられ、そのあまたの思いを抱え持って、観音様が気仙にお帰りになられました。そう考えると、心がうちふるえます。

 私の二度のお話の際は両日とも130名を超える方聴聞してくれました。ありがたいことです。ぜひ、気仙に足を運び、その風景を見、風の音を聞き、地元の方々とお話をし、被災地の今を実感していただきたいと思います。

2013/04/27~05/19まで、両国・回向院さまにおいて「東日本大震災復幸支縁 善光寺出開帳 両国回向院」が実施されます

 いよいよ、「善光寺出開帳 両国回向院」が始まります。私は、5月5日と5月9日の13時半より14時半まで、ご本堂で、支援活動を行っている「気仙三十三 観音霊場」を中心に、「被災地のいまとこれから」という内容のお話を申し上げる機会を頂戴いたしました。みなさんが被災地に足を運んでもらうべく一生懸命 相務めさせていただきます。お時間のある方は、おこしいただければ幸いです。

2013/04/08 成就院「花まつり」を実施いたしました

Img_0134_r   4 月8日門前に花御堂を出し、成就院花まつりを実施しました。今年は、文庫本や植木鉢、花器を並べ、「ご自由にどうぞ」と張り紙をしました。例年30 名~40名が集まっておりましたが、今年は100名越え。すばらしい。ミステリー談義に花が咲いたり、お寺についての思い出やら、甘茶の感想など、普段話 す機会のない方々と楽しくお話ができました。でも、花御堂をお参りしてくれた人は、少数。来年に向け課題ができました。また、ひとさじの会の浄土宗僧侶今 井順子さんにはお手伝いいただきました。ありがとうございました。

2013/04/02 東京東部教区寺庭婦人会第4回「おすそわけ運動」に協力しました

Img_0133_r   第4回「おすそわけ運動」を、4月2日上野成就院にて執り行いました。
 10ヶ寺から、お米、そうめん、のり、しょうゆ、せんべい、お菓子、缶詰など多くのご芳志を送っていただきました。
 午後1時より本堂で、お送りいただきました物資の賞味期限の確認、仕分けを行った後、ご本尊の御前に供 え、東日本大震災殉難者精霊の追福菩提、東日本大震災被災者の方々の息災、生活に困窮されている方々の息災をお祈りする法要を厳修しました。法要には、浅 草成就院小鍋師、寶蓮寺中 鈴木師の2名にご出仕いただいきました。寺庭婦人会からは、会長の小宮さん、副会長の鈴木さん、岸田さん、加久保さんにご参加いただきました。
 法要の後、雨の中、物資を浅草橋にある「セカンド・ハーベスト・ジャパン」の事務所に皆でお届けしました。今日お届けした物資は、生活に困窮されている方々、団体等に手渡されます。
 ご協力いただいた多くの方にお礼申し上げます

2013/03/17 春彼岸会勤修されました

2512_r   当日が日曜日であったこともあり、120名を越える多くの方にご参加いただきました。みなさんで勤行式をお唱えした後、住職の「食作法のこころ」と題した法 話をいたしました。会を重ねて参りましたので、声をそろえ大きな声でお経をおとなえすることができました。会終了後、笹寿司を食べながらみなさん楽しくご歓談いただきました。

2013/03/11~14日まで、ひとさじの会のメンバーと「気仙三十三観音霊場」を歩いて参りました

Img_6684_r   東日本大震災からちょうど2年が経ちます。3.11から、慰霊の思いも込め「気仙三十三観音霊場」を歩いてお参りする計画を立てました。徒歩巡礼道整備の目的もあるため、道程の、要所要所に、目印となる「観音さまシール」を貼りながら歩きました。

 総距離130キロ超を4日間で歩ききるのはなかなか難しく、時間の都合上、車に乗ってしまった区間も数カ 所ありましたが、改良服、網代傘、錫杖といった「正装」で歩いたこともあり、地元の方々に御喜捨をいただいたり、遠くから合掌を捧げられたり、車を運転し ている方から深々と頭を下げられたこともたびたびありました。
 同道したメンバーもなれない徒歩巡礼に足が痛いこともあったようですが、結願の浄土寺さんについたとき「泣きそー」と感激していました。充実した4日間、得難い経験でした。詳細は「気仙三十三観音再興プロジェクト」HPをご覧下さい。

映画「先祖になる」絶賛上映中

Senzo_r  映画「先祖になる」が渋谷シアター・イメージフォーラムで上映中です。この映画は、陸前高田市で農林業を営む佐藤直志さんのドキュメントです。男気のあるい い顔でしょ。直志さん家は大津波で壊され、消防団員の長男は波にのまれてしまいます。生きがいを失った直志さんは、かたくなに仮設住宅に入ろうとせず、納 屋に住みながら米を作り、元の場所に家を建て直そうと考え実行します。
 「当たり前のことを当たり前にしている」直志さんですが、彼のまっすぐな生き方はときに周囲から孤立してしまうこともあります。でも仲間たちは体を張って直志さんを助けます。しかし、優しさに裏付けられた直志さんの強さは、徐々に周囲を動かしていくのです。
 新しく建った家からは、居ながらにして高田の市内が望めます。何十年かかるか分からないが、必ず高田は復 興する。そのようにして高田の町はできてきたのだ。彼は若者に将来の復興を託します。土地に根ざし、土地に生きる。そしてその土地に還っていく。まさに 「先祖になる」という覚悟は生きることの本質について私たちに問いかけてきます。

 直志さんは、津波で全壊した、気仙三十三観音第二番札所金剛寺さまのお檀家さんです。気仙成田山の講元で もあります。また、4月に行われる「善光寺出開帳両国回向院」にて本堂前に建てられる回向柱の切り出しを担われました。「気仙三十三観音霊場再興プロジェ クト」にも関わりがある直志さんが登場する「先祖になる」是非足をお運び下さい。

2013/02/09「成就院 手前味噌の会」を行いました。

 今年は、昨年より規模を拡大し、お檀家さんや近所の子供たちなどに声を掛けました。総勢17名。大勢の方に参加いただきました。
 前日から大豆を3倍の水につけおき、ふやかしたその大豆を、朝から石油ストーブ、台所のガスコンロをフル活用し、6時間ほど煮ました。
指でつぶれるようになったころ、みなさん続々到着。檀家で講師の宮城さんの説明のあと、あたたかな大豆を ビール瓶でごりごりくだき、最後は指でひとつひとつつぶしました。そして、麹と塩を入れさらにこねくり回し、味噌玉完成。最後に、秘密の地下室に降り、大 きな瓶に、「エイッ」「ヤアー」の掛け声とともに味噌玉を投げつけました。子供たちが、きゃーきゃーさわいでいる中、あれこれ話しながら作業をするとなん か心が和みますね。煮上がった大豆の暖かさを指で感じながら、こころもほんわりあたたかになりました。

 半年たつと、黒々とした味噌に成長するはずです。いまから、できあがりが楽しみです。秋には参加してくれた方々とともに、豚汁と焼きみそおにぎりも作りますか。

2013/01/23「東日本大震災復幸支縁 善光寺出開帳 両国回向院」に本堂前立てられる「回向柱斧入れ式」に参加してきました

 「回向柱」は、回向院さまのご本堂の前に立てられ、ご本尊の御手に結ばれた金糸と結びつけられ、柱に触れる人々にご本尊の御慈悲をお伝えくださるというものです。この度は、気仙杉が使われることになりました。「回向柱斧入れ式」に私も参加させていただきました。

 陸前高田市気仙町内の会場に着くと、注連縄を廻らした杉二本の近くに机にお花やお供物がしつらえてありま した。40人くらいの参列者でした。御法楽の後、映画「先祖になる」に登場する佐藤直志さん、善光寺・若麻績事務総長らが「エイ、エイ」のかけ声で杉に斧 を入れます。樹齢120年程度の太い杉です。「南無大聖不動明王」と墨書されている白衣を身にまとった直志じいちゃんが、まず木の幹の倒す方の面をチェン ソーでえぐり取り、そして数メートル離れ、伸びたりかがんだりしながら木の倒れる方向を確認し、またちょっと木を削って方向を是正し、幹の向こう側から グッとチェンソーをいれ、最後は割れ目にくさびを打ち込みます。「カーン、カーン」と甲高い音がすると「ミリ、ミリ」と音がし、「カーン」という音と共に 弧を描いて木が倒れていきます。「ズズーン」という音と共に地響きがはらわたに伝わります。生きている木の生命をいただくという感覚を身体で感じ取る瞬間 でありました。最後に、切り株に塩と酒を撒くと、柏手を3回打ちます。山の神に感謝すると同時に、山に新たな木を植え命をつないでいくことをお伝えするの だといいます。敬虔な思いを抱いた式でした。多くの方に足を運んでいただきたいと思います。

2013/04/27より05/19まで、両国・回向院さまにおいて「東日本大震災復幸支縁 善光寺出開帳 両国回向院」が実施されます

 両国・回向Panf_degaicho3_r院さまにおいて73年ぶりに「善光寺出開帳」が実施されます。普段拝むことの出来ない仏様が遠方までお出ましになる「出開帳」。一光三尊の阿弥陀 様(出開帳仏)、お釈迦様の涅槃 像などを拝せることになっています。被災地のニュースが報道されることも少なくなっていき、人々の記憶からも徐々に薄れて いく現在、被災地の現状を全国へ発信し、被災地の人々に「忘れない」というメッセージを届けるために行われます。集まった浄財は全額「復幸史縁」のために 使われます。

 出開帳には、私が支援活動を行っている、気仙三十三観音霊場からも2体の観音様にもお出ましいただくこと になりました。がれきの中から発見された金剛寺様の如意輪観音さま、そして要害観音堂の聖観音さまです。多くの方々に、気仙地域に代々伝えられてきた「祈 り」の姿を、津波から奇跡の復活を遂げた観音様の物語を、心に刻んでいただきたいと願っています。また出開帳期間中、ひとさじの会では、「気仙三十三霊場 への招待」(仮)と題して、お話し申し上げる機会をいただけることになっています。私も一度お話しする予定です。

弘法大師堂補修相成りました

 弘法大師堂は、本堂とほぼ同じころ昭和4年に建立されたものです。もう、80Img_6562_r 年以上たつ建物です。大震災の影響もあり、向かって左奧は4cmほど、左前は 2cmほど下がってしまい、扉をあけるにも支障をきたす状態でした。成就院開創400年ということもあり、お堂の補修を行いました。ジャッキアップし交い 物をしてお堂を水平にし、土台のコンクリーのヒビをふさぎ、剥がれかけていた周囲の塗装をしなおし、正面の曇りガラスを透明なアクリル板に代え、お堂の周 囲に石を引きました。ぐっと風格がでた弘法大師堂、お参りの際は、ぜひお手合わせ下さい。

2012/11/12~11/13  「川崎大師と那古寺の旅」に行って参りました

Img_6435_r   11 月12日、13日にお寺の旅行に行って参りました。今年は、川崎大師お参りの後、ウミホタル経由で、那古寺へ。その日は安房小湊・誕生寺門前の「三水」に て宿泊。翌日は、早朝誕生寺参拝、鯛ノ浦の遊覧船に乗り、仁右衛門島散策、フェリーで久里浜へと渡り、三崎のマグロ料理を食べて帰京という行程でした。

 川崎大師は内陣に入り、遠目ながらご本尊を拝することができましたし、那古寺では、こちらも内陣に上げて いただき、皆で勤行した後、銅作りの千手観音様や大日様を拝むことができました。宿もリニューアルしたばかりで、しゃれた工夫が随所に見られ、とても気持 ちよく一晩過ごすことができました。

 翌日の鯛ノ浦は鯛を見ることができませんでしたが、すごいスピードで海上を疾走し揺れるは揺れるは。沖で 餌を撒くと、黒い魚が群がっていました。どうも鯛ではない模様。40に来たときは鯛が群がっていたのにと一人の方が言ってました。仁衛門島へは櫓でこぐ舟 で上陸。写真は、こんな大勢乗って舟が沈まないかしら、と不安に思っているときのものです。石橋山の戦いで負けた頼朝が立ち寄った巌や日蓮上人が朝日を拝 した岩など名所・旧跡があり、楽しめました。シメで、三崎でマグロ料理を堪能しました。
 みなさん親しくなってきた頃もう到着。楽しい二日間でした。

はなはだささやかながら成就院菊まつり

Img_6414_r   今年も、松田さんより、丹精込めて育て上げた菊をいただきました。現在、白・黄・紫ととりどりの大輪の菊がみなさまをお待ちしております。地元のコンテストで賞を取ったと聞きました。寺の中に入って菊の写真を撮る方もいらっしゃいます。「まつり」というにはちょっとささやかですが、ご覧いただければ幸いで す。

2012/11/04「成就院手前みその会」を行いました

 

Img_6407_r  今年の2月、鹿島パラダイスの無農薬・無肥料の大豆と佐渡の海洋深層水で作った塩で仕込んだ味噌が、夏を越え、熟成して参りました。この度、その味噌のお披露目会を行いました。味噌造りに参加したのは、食に興味関心のある若者4人と成就院のお檀家さん数名。
  大豆を一晩水に漬け、柔らかくなるまで煮てから潰し、塩と麹とを合わせてよくこねまわしてできあがり。作 業はとっても単純です。今まで物置で眠っていた大きな瓶が初めて役に立ちました。瓶の下の方には、たまりがたんまり眠っていて、ひと舐めすると、うま味が 凝縮しているのにビックリ。きゅうりや大根をつけてたべるとなんともうまい。大成功でした。
 写真は、タッパに入れた味噌の味がちょっと違うというので、好みのものをテイスティングしているときに撮ったもの。それぞれ好みのお味が重ならず、ひとつの味噌をめぐっての戦いは起きませんでした。

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