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2016年4月

2016/6/28(火)クラブツーリズムの講座にて「気仙三十三観音霊場の今」という話をいたします→中止になりました。

6月28日(火)13時Img_2124_r より14時までクラブツーリズムが入る新宿アイランドウイングにて「気仙三十三観音霊場の今」という題でお話をすることになっておりましたが、参加者が10名に満たないため中止と相成りました。

武田裕子さんがHPに「成就院の阿弥陀来迎図のこと」という一文を書いてくれました。

1_r 「阿弥陀来迎図」を書いて下さった武田裕子さんが自分のホームペイジに「成就院の阿弥陀来迎図のこと」という一文を書いてくれました。熱い文章です。みなさん是非ご一読下さい。

http://i.qlutch.me/1Y86Xep  #art #nihonga

2006/4/8 成就院「花まつり」を行いました。

毎年恒例の「花まつり」を行いました。

門前に花見堂をお飾Img_2122_rりし、脇に机を出して古本市を行います。
昨日「源氏物語を読む会」で宣伝したため、参加された方の多くが訪れてくれました。
知り合いの方もお手伝いにやってきてくれます。

道行く方も足を止めてお参りをしてくれたり、本を見たりしてくれたりします。
甘茶を飲んでお菓子を食べ、しばしの歓談をします。
温かな一日、10時から3時半までのんびり時を過ごしました。
普段お話ししないか方々と接する貴重な機会です。

お年寄りは子供の頃の「花まつり」や「甘茶」の記憶が残っています。
今の子供たちにそのような記憶を残せないのが残念です。


2006/4/7 第12回『源氏物語』を読む会を行いました。

朝から強く雨が降っており、今日は参加者も少なかろうと思っていましたが、夕方雨が上がり、なんと17名もの参加がありました。

前回は紫の上の「新枕」のシーンでしたが、今回はそれに引き続いての場面である「三日夜の餅」と「裳着」のシーンを読み進めました。10月初めての亥の日に食べる「亥の子餅」を「三日夜の餅」になずらえて食する場面です。また女性の元服である「裳着」においては、準備をしている旨は記されますが、具体的な儀式については全く記されません。

それこそまさに紫の上が結婚儀礼をきちんと行わなかった人生における「傷」なのです。

みなさんそれなりに楽しんでいらっしゃる様子、次回は光源氏の「須磨」での暮らしぶりを読みます。最後にその際、都で紫の上がどのような暮らしをしていたのかを断片的な記述を取り上げ紹介したいと思います。

次回は6月16日(木)6時半からです。どうぞお時間のある方はお越し下さい。 

2016/3/25~31、「気仙三十三観音徒歩巡礼」に参加しました。

                  三月下旬、満開の梅の馥郁たる香りの中、6日間、130キ                   ロに及ぶ「気仙三十三観音徒歩巡礼」を行いました。初日は                  20名、2日目7名、3日目6名、4日目7名、5日目3名、6日目14名と大勢の方に参加いただきました。Img_2109_r 共にお参りしているという柔らかな紐帯を感じつつ、楽しく歩くことが出来ました。

参加されたある方からお便りを頂きました。結願の浄土寺についたとき、「今日が私のこの世の浄土の道たどりついた日」と思えたそうです。

この方は歩く道すがら多くの知り合いに偶然出会いました。行き交う車に乗っていた方、日向ぼっこをしていた方…。   常膳寺の近くで御接待を頂いた家の方とお話しをすると、20年前に亡くなった母親のことを覚えていてくれました。すごく嬉しかったでしょう。すると、ふとこんな記憶を思い出させてくれました。

 気仙地方には「オガミ様の口寄せ」があります。以前、他界した母が、オガミ様の口をかりて「三途の川は渡りたくなかったがおじい様にむかえられ無事渡った。行く道すがらいっぱいの人に出会い袂を濡らした。浄土の道を歩き終え、良いところに座っている」と話しをしました。「また知っている人に出会った自分の話をして欲しい。忘れられることは寂しいから」とも…。

亡くなったお母さんが辿った道と、この日に自分が歩いた巡礼とが、浄土寺でお参りしたときに重なり合い、20年前に亡くなったお母さんの存在をまざまざとリアルに感じたのでしょう。亡くなった方に出会う旅、自らの心に出会う旅…。

別の方はこう仰います。「五年経てば五年目の悲しみがある」と。また、「色々な想いを抱えて生きている私たちは」「自分なりの鎮魂をしていきたいと考えていた」と仰る。それぞれの思いを注ぎ入れる器としての「巡礼」。そして、その思いは「浄化」される。巡礼は、厳しくもやさしいものなのです。

2016/3/17 春彼岸法要を行いました。

Img_1942_r_2 3月17日の彼岸の入りに彼岸会を行いました。75人の参加がありました。

今回は、阿弥陀来迎図を書いていただいた武田さんにお話しを頂きました。

博論制作に選んだ高野山蔵阿弥陀来迎図との出会いから始まり、平安時代における来迎図の意味合いや、仏には三十二相の特徴があることなど。制作した来迎図では、その中の「金色身」が特徴であり、裏箔、截金によって表されていることなど、興味深いお話しが伺えました。

みなさん、お帰りになる前に、もう一度阿弥陀様の御前に来られ、しみじみとお話しを思い浮かべながら拝した後、お帰りになられていました。


2016/3 前の通りから掘り起こされたお地蔵様が到来しました。

                   先日、寺の前の道でガス管の取り替え工事をしていた際、石造りのお地蔵さまが出てきました。工事現場のImg_2123_r_3方があの中、どうしたらよいでしょうか、とお訪ねに来られました。

現在、称観堂の脇にお祀りしています。「浄幻童子」という戒名と「元禄十三年」という建立年が彫られていました。350年ぶりに戒名を呼ばれご回向され、あの世で驚かれているかもしれません。

また、寺の近くに13階建てのマンションの工事現場があります。そこで何百というご遺骨が出てきたというのでご回向に行ってきました。江戸時代はお寺の墓地であったようです。桶の木の枠が何十とそっくり残っていました。

土作りの小さな人形、独楽、化粧道具、銭、箸と茶碗なども出てきました。亡くなった子供が遊んでいたおもちゃや、普段使用していた食器、三途の川の渡し賃としての銭なのでしょう。 親の愛情が切ないですね。

2016/2/8 大船渡市が長野市に表敬訪問をする会に何故か参加してきました。

この会が開催された経緯についてまず記しておきます。

大津波来襲後まだ電気が通っておらず蝋燭で暮らしていたある晩、大船渡市にお住まいの佐藤忠清さん宅に、姪子さんの紹介で訪ねてきたという僧侶が戸を叩きました。

 暗がりにぬっとたたずむ姿にさぞ驚いたことでしょう。その方が長野・善光寺の若麻績上人でした。納屋を片付けてお泊めし、食事の世話をすることにしたそうです。

 それから佐藤さん宅を拠点に、長野の僧侶の方々が続々と読経ボランティアに大船渡を訪れました。ご遺体が安置所に幾体も幾体も運び込まれ、なかなか丁寧にご供養いただけなかったそうです。佐藤さんは、そんなとき長野のお坊さんたちに読経いただけたことは本当に有り難かったとおっしゃいました。

 その後、佐藤さんがお出しした大船渡のサンマのうまさに感激した若麻績上人らが、地元長野に働きかけ「大船渡サンマ祭り」が開催される運びとなりました。「今まで食べたサンマは何だったのか」というほどの衝撃だったといいます。「サンマ祭」には大勢の人が訪れたそうです。

さらに話は進み、全国展開する長野県の水産会社と大船渡とが提携し、販路を広げ経済交流につなげようというところまで話が進びました。

その「お見合い」が長野市権堂の料亭にて開かれたのです。市長を初め、市議会議員、市役所、観光協会など両市のお歴々ならびに長野フリースタイルなお坊さんの会のみなさんが料亭の一室に顔を合わせました。

 長野県の古田上人から我々にもお声がかかりました。大船渡で活動をしているのなら、大船渡の皆様と御縁を結ぶのに良い機会なので気軽にどうぞ、とのこと。事情もよく知らず吉水さんと二人で参加しました。席にて大船渡の多くの方々お近づきになり、「祈りの道」再興プロジェクトについての説明や意見交換を行うことが出来ました。気仙地域における観音様の大切さを再確認していただけたのではと思う。私どももよい「お見合い」が出来た。

このときにお知り合いになった方々は、3月に行われた「気仙三十三観音徒歩巡礼」にも参加いただきました。

2016/2/4、第11回「源氏物語を読む会」を成就院書院で行いました。

「源氏物語を読む会」も、もう11回を数えます。紫の上の生涯を追うという形で読み進めています。参加者は少なく7人でした。

あの雀の子を追いかけていた少女も、この回は、光源氏との「新枕」。いままで父とも兄とも信頼していた光源氏が、突然豹変するわけですから、驚いてしまい、それから顔を合わせようとしません。

でも考えてみれば、身寄りがないに等しい女の子が見ず知らずの人に引き取られて養育されるという特殊な状況である故すねるという行為があるわけで、高貴な姫君であるなら、家の栄華を背負って結婚するわけですから、紫の上のようにすねることなど無かったに違いありません。紫の上の

とはいえ、ずっと成長を見守ってきた私たちの視線からは可哀想な思いを抱いてしまいます。

次回は、結婚して三日目に食べる三日夜の餅と女性の成人式である裳着の部分を読み進めます。6月16日(木)6時半からです。参加費無料。どうぞお越し下さい。

2016/1/17、成就院団参「高野山と根来寺を巡る旅」反省会を行いました。

1月17日に「高野山と根来寺を巡る旅」反省会を行いました。旅行に参加された方24名中21名に参加いただきました。

まず髙木さんがImg_1928_r撮影してくれたDVDを鑑賞しました。くじびきで住職用に用意して下さった特別室を髙木さんが当てたシーンや、根来寺に住まう画僧牧宥恵さんの爆笑トークにたいへんな盛り上がりを見せました。こうして二度楽しめることは素晴らしいです。

お弁当を食べながらいっぱい飲みながら楽しい時を過ごしましたが、なんと一升瓶がすーっとなくなっていきました。みなさん実力者揃いです。

今秋は、会津に行く予定です。またワイワイとお参りをしたいと思っています。

成就院「手前味噌の会」を行いました。

Img_1932_r_2 2月13日には「ひとさじの会」に連なる方々14人と、2月27日は成就院檀徒の方々17人と、「手前味噌の会」を行いました。

前の日から水につけておいた大豆を朝の7時から5時間煮て、皆さんが集まった後、大豆を厚手のビニール袋に入れて足で踏んだり手でつぶしたりし、麹と塩で混ぜるだけという種も仕掛けもない単純な作業です。とても美味しいお味噌ができあがります。

さて今年起きた事件とは…味噌玉を「えいっ」という掛け声とともに瓶の中に投げ入れたところ、突然、「みしっ」と瓶が割れ味噌がぐちゃっとはみ出ました。その時の写真をお見せできないのは残念ですが、すぐ脇に居た私は、一瞬なにが起きたか分からず「ぎゃー」と叫んでしまいました。後日、ヤフオクで鏡割りに使った2斗入る杉樽を購入し移し替えました。このときも、味噌玉にしないと上手くいきません。さて、秋にどうなっているのか楽しみです。

もうひとつ、数日前、千葉の内房の方とお話しをする機会がありました。味噌造りの話をすると、「大豆の煮汁はどうしていますか」と聞かれました。「捨ててますよ」というと「一番美味しいところをもったいない」と言います。郷土料理で「とうぞ」というものがあり、大豆の煮汁に麹や切り干し大根、納豆などを入れ、ご飯にかけて食べるのだそうです。参加のみなさんには、ペットボトルに入れて、茶色の煮汁をお配りしました。たしかに、作ってみるとうまい。詳しくは「じけいにゃんの精進料理」ブログをご覧下さい。

ぜひお試し下さいね。「うま(馬)いっ」です。

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