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6月7日 源氏物語を読む会を行いました。

今回は、明石の君の「子別れ」の場面を読みました。
目に入れても痛くないほどかわいい姫君ですが、将来を考えれば源氏の申し出にしたがって、紫の上の養女として育ててもらって方が良い。理屈では分かっていても、身を切られるつらさです。
いよいよ、姫君が牛車に乗りこみます。明石の袖をとらえ「乗り給へ」と手を引きます。袖とは単なる衣の一部ではなく、魂の宿る器と考えられていました。本能的に察知した別離の予感が、「乗り給へ」という言葉を発せさせ、袖を引いたのでしょう。
そこで「末遠き二葉の松に引き別れいつか木高き陰を見るべき」と明石が詠みます。明石から詠んでいるのは、光源氏との感情の共有を意識したのではなく、悲しさに心が揺さぶられその思いが歌となって溢れてきたと考えるべきでしょう。
「二葉の松」は姫君、芽を出したばかりの「二葉の松」はまさに姫君の比喩としてぴったり。
「木高き陰」とは、権力の傘の比喩。大木とはひとつの閉じられた宇宙の比喩であり、旺盛な生命力を持つ存在でもあります。光源氏の傘のもとで、姫君が成長し立派な女君となって栄達を極めて欲しいとの想いが込められている。

「末遠き」は、姫君が成長するまでの時間がまだまだかかる意と永遠をを寿ぐ祝意を表しているのでしょう。
この場面のキーワードは「引き」。母の手を「引く」という悲しい行為と明石入道家のシンボルたる「松」を引くが重ね合わせされている。元気に過ごせるよう、子の日に松を引くという行事を行っていたため、「松」と「引く」とは縁語で、「千歳までかぎれるも今日よりは君に引かれて万代やへん」(『拾遺集』・賀)というように「賀」の詠み方です。
冬であるのになぜ「松」「引く」の語が詠まれているのか。それはこの場面が「離別」であると同時に、姫君の新たな人生のスタート、ようするに「賀」の意味も持っているから。
ひの背反する意味合いを「松」と「引く」の語で表したのでした。

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